ソースカツ丼の元祖論争、ルーツは東京・早稲田、そして遠くドイツに
福井県民共通の「食体験」
3月のとある週末、東京・赤坂にあるバー「オーバル」で、福井県若狭町出身者らで作る「東京若狭会」の有志ら十数人が集まる異業種交流会が開かれた。イベントの目的は、マーケティングの勉強会なのだが、お楽しみの夕食として振る舞われたのが、ヨーロッパ軒のソースカツ丼だった。 「“本物”でないと、盛り上がりませんからね」。なんでもこの日のために、同町の役場職員が、その日の朝にわざわざ敦賀市にあるヨーロッパ軒で開店と同時にカツを買い求めてきたのだという。はるばる新幹線に乗って運ばれたきたカツが、炊きたての福井産の白いごはんに盛られると、バーは「ヨーロッパ軒」のソースの香りで満たされた。
久しぶりに食べるソースカツ丼を口にして、参加者らは「福井言うたら、やっぱりこれやなあ」と感嘆の声を上げる。若狭町の出身で、東京に出てきて約30年になるマスターの高橋英明さんも「19歳で東京に出てきて、カツ丼を頼んだら、玉子とじのカツ丼が出てきてびっくりしたのを覚えてますよ」と懐かしがる。 ソースの香りたっぷりのカツをがっつりと頬張りながら、東京若狭会のメンバーらは「子どもんころ、よう、敦賀に食べに行ったわ」「同じ敦賀のヨーロッパ軒でも、わしは金山店が好きやけどな」「このソースが酸っぽうて、たまにむせるんや」などと地元の言葉で話に花を咲かせ、若狭町特産の梅酒とともに夜が更けていった。 同じ福井県でも、若狭の言葉は「京ことば」に近い。越前とは言葉も食文化もちょっと違うのだけれど、「ソースカツ丼」は福井の“郷土食”として共通語、共通体験になっている。
ソースカツ丼はソウルフード
「福井県人にとってソースカツ丼は、ソウルフードです」と話すのは、銀座にある小料理店「龍」の女将・龍川優さん。龍川さんは福井市出身で、2013年に、この店を開いた。実家は冷蔵庫店。従業員のまかないとして、母が作っていたソースカツ丼を思い出すという。「福井に帰ったら、一回は食さなければならないものではないでしょうかね」。 「龍」は刺し身や福井の珍味を扱っている上品なお店なのだが、あえて食事の“締め”のソースカツ丼をお願いした。龍川さんは、気さくな性格で、おしゃべりが楽しい。 「おなかがいっぱいでも、結構、最後に食べれちゃうんだよね」「パン粉は木目が細かくないとね。これを探すのに苦労したのよ」「昔は、学校の給食に出なかったんだけど、最近では人気メニューらしいよ」「どう考えてもヘルシーな食べ物じゃないよね」。