「なぜ土葬はダメ?」 多文化共生を問われる日本社会
「わが家の裏庭につくる覚悟」
「迷惑施設」の建設に反対する住民の態度を表現する「NIMBY」(ニンビー)という言葉がある。英語で「Not In My Backyard」(わが家の裏庭はやめてくれ)という意味で、施設の必要性は認めるものの、「自分が住む周辺には建てないでほしい」という態度を示す。ゴミ処理場や原子力発電所など、公共性は高いが周辺住民の反対に遭いやすい施設の建設計画がよく直面する問題だ。 イスラム土葬墓地に対する反対運動には、このNIMBYの心理が通底している。取材では、多くの土葬墓地反対派がこのような心情を吐露していた。ある住民はこう語った。「ムスリムへの宗教差別は許されない行為だと認識しているし、土葬墓地の公共性も理解はしたい。だが、やっぱりわが家の近所には建設しないでほしい」。 早稲田大学の店田廣文名誉教授の研究によると、日本におけるムスリム人口は2024年現在で約35万人と推計されている。在日ムスリムの人口が増えてきたとはいえ、まだまだ多くの日本人にとってイスラム教はなじみ深い宗教とはいえない。筆者のように信者でもないのに、わざわざモスクに出向き、ムスリムの声を聞こうとする人間は一般的ではないだろう。 イスラム文化を専門とする京都産業大学の岡井宏文准教授は、「ムスリムの例に限らず、現代日本の葬送のあり方は多様化しつつある。多様な背景を持つ人の弔いのあり方や、そこに生じる課題に目を向けていく必要があるのではないか」と話す。 岡井准教授が指摘する通り、日本では近年、葬送方法が多様化傾向にある。墓石の代わりに樹木を墓標にする「樹木葬」や、焼骨を海に散布する「散骨」など墓を持たない選択肢もある。生前の意思を尊重する弔い方は着実に増えているのに、土葬を望む在日ムスリムは「信仰に基づいた形で遺体を葬送できない」と深い悩みを抱え続けている。 問題の背景には、国際化の進展に比例するように国内のムスリム人口が増加した結果、土葬墓地の必要性が高まったという経緯がある。さらに、超高齢化社会となり、労働人口の減少に苦しむ日本では、経済を下支えする外国人労働者がますます増えている。こうした外国人材の中には当然ムスリムもいる。定住する外国人材が増加傾向にある現状を鑑みれば、将来的には同様の問題が日本全国どこでも発生し得る。 当事者のムスリムだけに責任を押し付けていたのでは、根本的な解決は見いだせない。日本が今後、多文化共生の実現を目指し続けるならば、ムスリムをはじめとして、土葬を求める人々との対話はより一層重要になる。ムスリムを隣人として受け入れ、「わが家の裏庭に土葬墓地をつくる」と決意できるのか。日本社会全体の覚悟が問われている。
【Profile】
鈴木 貫太郎 フリーランス記者。1981年、東京の下町生まれ。東京電力退社後、米国オハイオ州のウィッテンバーグ大学を卒業。早稲田大学ジャーナリズム大学院修了。米ニューヨーク・タイムズ東京支局、フィリピンの邦字新聞「日刊まにら新聞」の勤務を経て独立。近著に『ルポ 日本の土葬』(合同会社宗教問題、2023年)。