住まいと学校の断熱事情の最前線、夏は教室が危ない! 住宅は断熱等級6以上が必要、2025年4月からの等級4以上義務化も「不十分」 東京大学・前真之准教授
前さんが注目する、全国の断熱の取り組み
「住宅の性能を高めるためには、国、さらには自治体の努力が不可欠です。住宅の性能向上に関する施策で、とくに進んでいるのは鳥取県です。今の欧米基準と比べても遜色のない住宅性能評価基準として、新築では『NE-ST(ネスト、とっとり健康省エネ住宅)』、既存改修では『Re NE-ST(リネスト、とっとり健康省エネ改修住宅)』を設け、断熱はもちろん、気密性能についても基準を設けています。県内で生産された建材を使うことを条件に、新築住宅の性能に応じた補助金を出して導入を促進。また、中古住宅に対しても『T-HAS(ティーハス、とっとり住宅評価システム)』という独自の住宅性能査定エンジンをつくり、中古住宅の性能やリフォームの状況を適正に評価できるようにしました。この仕組みによって高い評価を受けた住宅は、中古住宅として売買する際もその価値に応じた銀行の融資が可能になるはずです」 他には山形県でも「やまがた省エネ健康住宅」として独自に認証する仕組みがあるほか、長野県も類似の制度を導入しようとしているようです。また、断熱への取り組みは自治体だけではありません。地域でがんばっている、家の作り手がたくさんいるのです。 「近年、小さな工務店などでも『基本的な住宅性能を満たす家を建てることが、住む人の快適で健康な生活につながる』と考えて、懸命に断熱に取り組んでいる会社が全国にたくさんあります。ぜひそのような物件や会社に注目してほしいですね」
これからも快適に住み続けるために、私たちが考えたいこと
最後に前さんに、これから私たちが住まいの省エネや断熱をどのように考えていくかべきかについてメッセージをもらいました。 「近年、デザイン性の高いものや3Dプリンターを使った技術など、建築手法に凝ったものなどさまざまな建築が話題にのぼりますが、私は本来、建築は手段であり、目的そのものではない。建築は『器』であり、その中で営まれる人びとの生活がメインのコンテンツだと考えています。なので、中で暮らす人を幸せにすることこそが、建築の第一の使命のはずです。住む人を幸せにするためには、当然に快適で安心で安全な家でなければなりません。寒い、暑い、電気代が高いなどといった問題は、今や設計や技術によって容易に解決できるわけですから、早急に解決しなければならない問題です。今の日本の低い住宅性能基準に合わせて住宅をつくっていては、到底、数十年後の将来に評価される、つまり資産としても価値のある家にはなりません。 断熱の効果は一度体験してみれば全く快適性が異なることを感じていただけるものです。最近ではいろいろなところで、断熱ワークショップやオープンハウス、宿泊体験などをやっているのを見るようになりました。目にされる機会があればぜひ実体験をしてその効果と『暮らしが変わる』可能性を実感してほしいと思います」
前さんは「1回施工すれば効果が数十年という長いスパンで続くのが、建築の良いところ」だと言います。さらに「2100年に暮らす人から『建てておいてくれて、ありがとう』と言ってもらえる住宅を増やしていきたいと思いませんか?」と投げかけます。 日々の自分と家族の生活を快適で安心なものにするために、そして日本の住環境全体をより良いものにしていくためにも、断熱に興味をもち、その良さを実感する機会を積極的に探してみることが「幸せな暮らし」への第一歩になるかもしれません。 ●取材協力 東京大学 Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室
唐松 奈津子(りんかく)