立川と世界をつなぐ料理体験 イギリスで“カイセキキング“と呼ばれた料理人が率いる「ときと」の挑戦
――日本に拠点が欲しかった理由は何ですか?
石井:30年近く海外で活動していたため、日本国内の人脈がほとんどなくなっていたことも大きいですね。やはり日本とのつながりは切り離せないですし、日本文化を料理で伝えてきましたから、日本に拠点が欲しいという思いがずっとありました。
それに、いろんなシェフを見ていて、料理の実力はあるけど運がない人も少なくない。自分のやりたいことがどこまで実現できるかは、人との巡り合わせによって左右されてしまう。信頼できる仲間が集まった「ときと」に関われたことは本当にありがたいと思います。
――ロンドンの「UMU」の前は、ジュネーブやニューヨークで日本の大使公邸料理人を務められていたそうですね。海外で働くことを決めた経緯を教えてください。
石井:幼少時代から、自分で作ったものを誰かにプレゼントして喜んでもらうことが大好きでした。作って、渡して、喜んでもらうというプロセスを全てかなえられるのは料理人だと思い、調理学校に進むのですが、同時にヨーロッパのアートやインテリアの洗練されたデザインや秀逸さに引かれていきました。「こんなに素晴らしいものを作れる人たちと同等の仕事がしてみたい、料理人だったら同じ土俵に立てるのではないか」という憧れもありました。
――現在は総合プロデューサーとして、立川の土を原料とした陶芸や映画「ときと」の撮影など、あらゆる活動をされていますね。焼き物は食房や茶房で使用される器、客室に設置されたマグカップとして使用されています。
石井:素晴らしい料理人になるためには創造性の向上も重要です。私の場合は、京都での修行時代、毎日夜明け前から23時までキッチンにいなければいけませんでした。それでも体力があったから、休日には陶芸家に会いに行ったり、山へ花を摘みにいって花の勉強したり、そういう意欲にあふれていました。疲れているから家で寝るという選択肢もありましたが、もの作りが好きだから自然と調和する伝統的な日本の美の世界にのめり込んでいきました。そういった積み重ねが後になって良い経験になりました。