「OPT apparel」ファウンダー、下山田志帆と内山穂南にインタビュー──「ファッション業界に“いないもの”とされてきた層に向けて届けたい」【GQ VOICE】
2023年7月、「トランス男性・ノンバイナリー・マスキュリンな服が自分に合うと感じる人たち」のためのアパレルブランド「OPT apparel」がローンチした。ファウンダーは、プロサッカー選手として活躍し、現在は株式会社Rebolt代表CEOを務める下山田志帆と内山穂南。ブランドの立ち上げや製品に込めた思い、これからの展望について話を訊いた。(本誌2023年11月号掲載) 【写真つきの記事を読む】「OPT apparel」のアイテムを見る
ファッションが“居場所”を作る
「もとをたどれば、私たち2人が欲しかったものを作るところから始まっています」 下山田志帆はそう語る。大和シルフィードでプレイする現役サッカー選手らしい日に焼けた肌に、OPT apparelの白いTシャツがよく似合っている。 「衣類に対しての悩みや違和感は、記憶があるときから今に至るまで、たくさんの場面で感じてきました。子どもの頃、いとこの男の子たちが着ている服と自分の服は、色もデザインもまったく違った。私はカッコいい姿でありたかったので、いとこたちのようにクールな色合いのものが着たかったんです。でも、親の『女の子なんだからこっちを着なさい』という言葉で片付けられてしまって。自分がありたい姿を否定されている感覚と、その理由の納得のいかなさを常に抱えていました」(下山田) 自社の黒のセットアップに金髪が映える共同ファウンダーの内山穂南も「似たような経験がたくさんある」と同意する。 「私は身長が158cmしかないので、メンズ服のXSでも大きいんです。いつも『ちょっと丈が長いけれど、着られないこともないか』と選んでいました。本当に着たいものを着られていないのに、そのことに気付けないくらい無意識に妥協していたんです。これがベストだと思えるものがないなら作ろう!という気持ちが、OPT apparelのベースになっています」(内山) 2019年に株式会社Reboltを立ち上げ、2021年に吸収型ボクサーパンツを発売。アスリートとして2人が感じてきた生理用品への違和感や苦痛から生まれたこのアンダーウェアは、クラウドファンディングでの予約販売開始からわずか17時間で目標金額の100万円を達成し、最終的に617万円の調達を成し遂げる。これを足がかりに、同じように身につけるものに関して悩みを抱える当事者たちのコミュニティが形成されていった。OPT apparelのプロダクト開発にもその声が反映されている。 「Tシャツは、曲線的なラインが出てしまったり動きづらかったりするのを避けるためにサイドにスリットを入れて、前後で身頃の長さも変え、骨盤周りに裾が張りつかないようにしました。ブラやナベシャツ(註)などのインナーが首元から見えてしまうとすごくテンションが下がるので、襟元は詰めています。パンツは独自の縫製で太ももから足首にかけてきれいにテーパードをかけて、裾上げやロールアップなしにフィットするようにしました。ほかにも、細部にわたってこだわりが詰まっています」(内山) 約1年にわたるテスト販売を経て正式にブランドがスタートした今夏、京都や東京などでポップアップストアを展開した。そこで2人は想像以上の光景を目の当たりにする。 「最初はおそるおそる試着室に入っていった人が、すごく明るい顔をして出てくるんですよ。本当にフィットする洋服を着たとき、人って表情が変わるんです。『自分もこんなにカッコよくなれるんだ』という感動やワクワクを皆さんに感じてもらえているようで、それこそがいちばん届けたいものだったと実感しました」(下山田) 「ガラッと変わるよね。その顔を見るのが楽しくて仕方ないです」(内山) ユーザーの顔が明るくなるのは、身につけるものに関して苦労してきたことの裏返しだ。 「着たいものを着られていないときって、背中が丸くなったり表情が暗くなったりという物理的なことはもちろん、自信がなくなったり言いたいことが言えなかったりすると思うんです。衣類というのは、自分が社会の中でどうありたいかを表すいちばん身近な手段。そこでフィットするものがないと、社会の中に居場所がない感覚になるんです」(下山田) 近年、ファッション業界では「ジェンダーレス」が世界的なトレンドだ。老舗ブランドからSPAまで、各社がジェンダーレスを謳ったラインを立ち上げている。 「そうしたブランドのものは、ゆったりしていて誰もが着られるデザインが多いですよね。でも、当事者が求めているのは“みんなが着られる”ではなくて、“自分にフィットする”服だと思うんです。シスジェンダーの皆さんが、毎朝クローゼットからぴったり合う服を選んで出かけるのと同じ喜びを私たちも味わいたい。そこは当事者の声がないと気付けない部分なのかもしれま せん」(下山田) (註)胸を平らにすることを目的に作られた衣服または体型補正用の下着のこと。 ■憧れやロールモデルになるような存在を届けたい OPT apparelが掲げるヴィジョンは「Create a nonbinary world.」。心地いい洋服を通して、男性/女性の二項対立を問い直すことを目指している。 「これまでのファッション業界ではシス男性やシス女性の方々がモデルをしていて、それがいわばロールモデルとして機能していたと思います。OPT apparelではクイアコミュニティの方に着用モデルをお願いしたり公募したりしているのですが、撮影に来てくださったノンバイナリーの方が、『これまではノンバイナリーの表象が世の中に存在していなくて、目指したい姿が見当たらなかった。それなら自分がその役割を担おうと思っても、一緒に表現してくれる場所もなかった』と言っていたんです。じつは、そうした人はたくさんいるのに、その場所がファッション業界には作られてこなかった。それならば、私たちがノンバイナリーやトランス男性たちの憧れやロールモデルになるような存在を届けようと思って」(下山田) そのために必要なのは衣類だけではない。現在、公式サイトのコンテンツのひとつとしてジェンダーに関する用語集の準備を進めている。 「OPT apparelは『トランス男性・ノンバイナリー・マスキュリンな服が自分に合うと感じている人たちのためのブランド』を謳っていますが、もともとはトランスマスキュリンやジェンダー・ノンコーフォーミングといった言葉を使いたかったんです。日本ではまだ浸透していないので認知してもらえないだろうということで今の表現を選んだのですが、そこで諦めてしまわずに言葉自体を広めていく活動も必要だと考えています。当事者にとって、自分を表現する言葉を知ることは、フィットする洋服を身につけるのと同じくらい大切なことです。当事者じゃない人にとっても『そういう考え方があるんだ』と新しい価値観に触れるきっかけになれば、と」(下山田) やりたいことも課題も山積みだ。そのひとつひとつに2人は誠実に、そしてポジティブに向き合っている。 「現行のプロダクトはサイズが2種類しかないので、今後はサイズ展開を増やしたいと思っています。ワクワクしながら買い物をする感覚をユーザーの方に体験してもらうためには、すごく重要なことですから。今は、秋冬に向けて長袖のTシャツを準備中です」(下山田) 「ラインナップも増やしたいよね。始めた当初からデニムを作りたいと思っていて。デニムって丈や骨盤周りのバランス感がすごく難しいじゃないですか。これまでとは扱う生地も違うのでハードルは多いですが、いつか挑戦したいです」(内山) 「スウェットもいいなぁ」「Tシャツのバリエーションも増やしたい」「作りたいものがいっぱいあるね」と声をはずませる。晩夏の光の中で、2人のパイオニアたちはまぶしく輝いて見えた。 OPT apparel 公式ホームページ:https://opt-apparel.jp/ 下山田志帆(しもやまだ しほ) 1994年生まれ、茨城県出身。現役女子サッカー選手。慶應義塾大学卒業後、ドイツで2シーズンプレイ。同性のパートナーがいることを公表している。「普通はこうあるべき」をなくし、1人ひとりの個性が肯定される社会を目指し株式会社Reboltを起業。「Forbes UNDER 30 JAPAN 2021」選出。 内山穂南(うちやま ほなみ) 1994年生まれ、埼玉県出身。9歳からサッカーを始める。早稲田大学卒業後、単身イタリアへ。プロサッカー選手として1年半プレイする。2019年に帰国後、下山田志帆と共に株式会社Reboltを創業。現在は、ブロックチェーン技術を活用したパートナーシップ証明書を発行する「Famiee」の活動や、一般社団法人ATHLETE SAVE JAPANの理事としてなど、幅広くアクションしている。 取材と文・斎藤岬、写真・菅原麻里、編集・横山芙美(GQ)
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