福島原発事故、「現代の田中正造」は何を訴える。1審だけで9年「井戸川裁判」傍聴記(後編 )
② 政府は原子力災害対策特別措置法で定められた合同対策協議会を開かず、ベント(原発事故時の放射性物質の意図的な放出) など放射能に関する情報を共有しなかった。双葉町は避難が遅れて町民を被曝させた。 ③ 政府は法令で定められた年間1ミリシーベルトの線量基準を守らず、法令に根拠のない年間20ミリシーベルトを基準に避難指示解除や賠償、除染などすべての対応策を進めた。 日本の行政機構は国-都道府県-市町村のピラミッド構造が強固なため、自治体は国の指示に逆らえない、また逆らわないと多くの人が思い込んでいる。
実際、ほとんどの首長は国に盾突くどころか、物申すことさえしない。一方で、地方自治の建前の下、国が地元自治体の意見を聞く仕組みも用意されている。国にとっては聞いたふりをするだけのアリバイにすぎないが、従わない首長が現れない限り、矛盾は表沙汰にならない。 井戸川はどうだろう。国や県と一緒になって危険を見過ごしただろうか。町民の不利益を受け入れただろうか。そもそも国や福島県が大事な情報を伝えず、意思決定の場から除け者にしたのは、井戸川が「共犯者」にならないため、スムーズに事が運ばなくなることを恐れたからではないのか。
私は原発事故にとどまらず、日本の国家機構の矛盾を突く尋問になることを期待した。結論から先に言えば、裁判官は矛盾に踏み込まず、空振りに終わった。だが皮肉なことに、空虚なやり取りによって、むしろ井戸川の苦闘ぶりが浮き彫りになった。 ■上っ面をなでた尋問内容 30歳前後とみられる左陪席の裁判官は「双葉町」を「ふたばちょう」(正しくは「ふたばまち」)と繰り返し、最後まで誤りに気付かなかった。肝心の質問も井戸川の行動履歴をなぞるだけの上っ面なものばかりで、関心の低さが見て取れた。
――福島第一(原子力)発電所について、東京電力または国からいつ情報が入りましたか。 ――10キロ圏内からの避難指示の情報をあなたはいつ知ったのですか。 ――避難先の生活はどのようなものですか。 それでも井戸川は少しこじつけ気味に自説を入れ込んで答えるのだが、裁判官は受け流して表面的なやりとりに引き戻してしまう。例えばこんな調子だ。 「事前の訓練のシナリオに従えば、(国は)第一報で(福島第一原発から半径)10キロメートルの(範囲を対象に)避難指示を出すべきだったのに、半日遅れで出した。とんでもないことをすると私は憤っていました」