日本語は日本列島で発生した孤立的言語だった? 歴史から日本語の「方言」を考える
私たちが当たり前に使っている日本語は、世界中どこを探しても今のところ親戚関係にある語族が発見されていません。いいところまでは何度も行くのですが、決定打を欠いてルーツは未発見なのです。 ■日本史における言語の変遷 日本語のルーツを探して生涯の研究にしている方々がこれまでも数多くいました。それは世界中の言語研究課題でもっとも難しいテーマの一つだそうで、まだルーツは未解明なのです。そこで遂に今では「日本語は日本列島で発生した孤立的言語だった!」という仮説が提出されています。 考えてみると、人間は発声発音器官をもっていますので、どんな時代のどんな人種でもそれぞれのコミュニケーションに言語を使用していたはずです。 余談になりますが言語学研究は人類に限らず、動物と人のコミュニケーション研究も行われています。そんな中で、類人猿とのコミュニケーションができるのかという研究がこれまでに幾度も繰り返され、チンパンジーやゴリラなどの類人猿には、我々ホモサピエンスと共通する感情のあることがわかっています。しかし発声発音器官をもたない類人猿がことばを発することはありませんでした。 類人猿やペットとの会話実験も興味深いものですが、人類同士となると最初から何らかの単語や文章を声にのせてことばとしていたに違いありません。 現代の日本語には古い時代の単語やことばも残っていて、室町時代以降の御殿で使っていた女房詞(にょうぼうことば)というものがあります。たとえば、「美化語」と呼ばれる「お」の字を頭につけることばに「おなら・おでん」などがあり、「~文字」とつける「しゃもじ・おめもじ」などがあります。もっと古く万葉調では若い女性が使う「マツエク」の「まつ毛」でしょうか。これは「目の毛」の古語で「ま(=目)つ(=の)毛」がそのまま現代に生き残っているといわれています。 現代の日本語を研究すると大きく「琉球方言」「本土方言」の二つに分類されます。本土方言はさらに「九州方言・西部方言・東部方言」と分かれて南九州から北海道までを網羅するのですが、もう一つ「八丈方言」という「八丈島と青ヶ島」の二島にしか残っていないことばがあるのです。 これは絶海の孤島に隔離されたように残されたことばなのですが、テレビ・ラジオ・インターネットなどの普及で島民でも使うことが少なくなり、ついに2009年にユネスコが「消滅危機言語」の「危険」に分類しました。 私たちの日本列島の歴史は旧石器人から続きますので、その間に言語も発達したり消滅したり外来語が交雑したりを続けたわけです。もちろん現代のように新語も生まれたでしょうし流行する言い回しもあったと思います。宮中の女房詞などはまさにギャル用語のようなものですからね。 そのうえ律令体制とともに漢字という表記を輸入し、中世にはポルトガル・スペイン・オランダ・イギリスなどからことばが流入し続けるわけです。漢語・和語・外来語・古語・新語が混在する日本語は、世界でも習得が難しい言語のひとつだといわれても仕方がありませんね。 考古学は出土物という「物」にこだわって研究する学問ですし、文献学は「文書(もんじょ)」という文字や文に集中して研究する学問で、それぞれよりどころがあるといえばあるわけです。 しかし「ことばや音」という「物として実物が存在しない文化」を研究するのは並大抵ではありません。現代では、まったく同じ成分で再現した銅鐸(どうたく)の音を聴くこともできますし、正倉院に残された琵琶の音を聴くこともできますが、古代人のことばを聴くことはできません。 八丈語に残されている単語や文法には古代独特の「上代語」を聴くことができるそうです。考えてみればわが国は全国に無数ともいえる方言がありました。 しかし明治政府が全国を統一し均一化する必要に迫られた時「標準語」を創り、その普及に努めるわけです。これを100年以上かかって完璧に成し遂げたのが現代のテレビやラジオの放送文化だったのです。それを否定的にはとらえませんが、放送が言語の消滅を高速化したのは間違いないでしょう。 方言を残そうとする努力も各地で見られますし、今やあえて方言で放送する番組やタレントも多くなりました。まさに標準語でしか話さなかった放送文化の中で逆転現象が起きているのです。これは文化人類学の研究材料になるかもしれませんね!
柏木 宏之