【新幹線の”道”を支える匠の技】職人の五感のセンサー、ミリ単位のレール異変も見逃さないプロ集団
深夜の東京駅八重洲口。宵の口に煌々と灯っていた高層ビル群の窓の明かりも日付が変わる頃にはほとんどが消え、行き交う人や車も少ない。だが、東京駅だけは眠らない。 【写真】世界初の高速鉄道の出発点となった場所 夜間にしかできない仕事がある。東海道新幹線にとって、営業運転を終えた午前0時から始発列車が走り出す午前6時までは保線作業に欠かせない時間帯だ。線路や設備を念入りに整備して、翌日の営業運転につなげる。 午前1時半、東京駅近くの工事用通用口から線路内に入った。線路上を東京駅に向かって歩くと、脚立に上り高い位置で架線の保守工事を行っている作業員たちが見えた。駅のホームは昼間のように明るく照らされ、やはり何人もの作業員がせわしなく働いていた。深夜の東京駅では線路以外にも架線工事や駅ホームの工事などさまざまな作業が行われている。 線路上には、巻き尺を使ってレールの長さを測っている一団がいた。50メートルほどあるレールの長さを測り終えると、今度は向きを変えて同じレールの長さを測る。さらに別の人が同じ作業を行う。この作業は人や向きを変えて何度も繰り返された。その後は特殊な機械を使ってレールの高低、軌間、ゆがみなどの状態を確認する。測定したデータはリアルタイムで無線接続されたタブレットPCに保存される。 この作業を担うのは、東京・新橋に本社を置き、軌道・土木工事業を営む双葉鉄道工業。東海道新幹線の軌道工事や橋梁・トンネルの土木工事など鉄道の設備強化や保守を担う会社だ。ちなみに新幹線の担当エリアは東京駅から新富士管内まで。新富士以西は別の会社が担当する。 午前3時に作業を終えた後、本社の会議室に戻り、作業に携わった同社軌道部担当部長の保院司さん(47歳)と東京センター課長代理の保坂祐太さん(35歳)に話を聞いた。
日中のために夜間があり夜間のために日中がある
新幹線の安全性や快適性を維持するためレールは定期的に「更換」される。 「レールを新しいものに更新するという意味を込めて〝交換〟ではなく〝更換〟という字を用いると聞いています」(保院さん) 「累積通過トン数」という列車の通過回数に類した数値に基づく周期で更換されるほか、列車が繰り返し走行することでレールに疲労や磨耗、ひび割れなどの損傷が生じることもあるため、「レール探傷車」という車両が走行しながらレールの状態をチェックし、基準値を超えた箇所については更換が行われる。 今回行われた作業は更換に向けた事前調査。レール切断位置を確認するとともに、重機の移動経路の確認も行う。後日行われる作業は現在のレールを切断して取り除き、新しいレールを取り付け、前後のレールと溶接するという大掛かりな作業であり、数十人の作業員と複数の重機を駆使して行われる。仕上がり状態を確認し、現場から撤収する時間も含めれば午前4時には作業を終えている必要がある。拙速は禁物とはいえ、作業時間に余裕はない。 「夜間に作業をする時間は限られているので、できるだけ事前に準備して現場での作業時間を短くする。〝現場では必要最低限のことだけにとどめる〟というのが理想です」(保坂さん) 現場に持ち込むレールと元のレールの長さがわずかでも違っていたら更換作業に手間取り、始発列車が時間どおり走れないという事態につながりかねない。それだけに測り間違いは許されない。念入りにレールの長さを測っていたわけがようやく理解できた。 保坂さんに1日の仕事の流れを聞いた。夜間に現場作業がある日は、朝8時に出社すると大井保守基地に出向き、レールなどの積み込み確認を行う。その後はオフィスに戻ってJR東海のスタッフらと当日の作業内容について打ち合わせを行い、現場に持ち込む機材の準備をして夜に備える。そして夜間の作業を行い、終わった後は報告書をまとめて朝6時に勤務終了となる。合間に休憩があり、翌日は非番になるとはいえ、タフなスケジュールだ。 一方の保院さんも今でこそ日勤のデスクワークが中心だが、昨年までは保坂さんと一緒に現場で仕事をしていた。 「夜間の作業中の騒音や振動が苦情になることがないよう気を付けて作業していますが、事前に沿線にお住まいの方々に広報活動を行い、ご理解をいただくことも重要です」(保院さん) 保院さんと保坂さんの話を聞いて、夜間の工事がスムーズに進むかどうかは昼間の事前準備にかかっているということがよくわかった。新幹線の安全・安定輸送が夜間の保守作業に支えられていることを知っている人は多いが、夜間の保守作業を昼間の準備作業が支えていることはあまり知られていないのではないか。