「稼げる、収益を考えられる、クラブに還元できる」“小笠原満男・命”だった少女が欧州クラブでバリバリ活躍する敏腕広報に成長を遂げるまで【現地発】
新天地DAZNで「攻める広報」に転身!
少なくとも3年、しっかり腰を落ち着けて社会人としての経験を積もうと決意した金子だったが、入社1年近く経った2016年、リンクトイン経由で「DAZNの広報部で働くことに興味ありませんか?」とヘッドハンダーから声がかかった。早稲田大学でスポーツメディアを勉強したり、早稲田スポーツで活動したり、Jリーグでバイトをしたり、カナダ留学時に英語を学んだことがヘッドハンダーの目に留まったのだ。 製紙会社で働くことは楽しかった。しかし、一度は諦めた業界からの誘いが降って湧いたように向こうから来たのである。金子は大学時代に世話になったサッカー業界の人たちに相談して回った。金子の背中を押したのは、こんなアドバイスだった。 「正直、大変な世界だと思う。しかし将来、侑ちゃんがサッカー業界で働きたいのだったら、どこかでその環に足を突っ込まないといけない。そのポジションはいつでも空いているわけではなく、タイミングというものがある。そこに飛び込んでみるのも悪くないのでは」 イギリスからDAZNが日本に上陸して2年目、そしてちょうど彼らがJリーグの放映権を獲得した時期の入社だった。 「私の肩書はPRアシスタントでした。アルバイトをした経験から、Jリーグは日々起きる問題に対応する『守る広報』の局面も多かったと思います。製紙会社では1年目だったので、来たものをミスなくさばくことが仕事だと思ってました。しかしDAZNは日本で知られてない会社だから『攻める広報』をしないといけない。その思考を変えるのが大変でした」 金子が仕掛けたイベントのひとつが、2017年のJリーグ終盤戦の盛り上げ。昇降格プレーオフに出場する各クラブの応援メッセージ付きイラストを、千田純生氏に書いてもらい、それを“DAZNボックス”という大きな箱で各クラブに送る。これをクラブ・マスコットがサプライズとして受け取り「千田さんに書いていただいたイラストとDAZNグッズが入ってるぞ! プレーオフ、頑張るぞ!」とコメントし、「DAZNで見てね!」で締めるPRだ。 「私は2年目のペーペー社員でアップアップしながらやりました。企画自体は社内でも良い評価をもらえたのですが、先輩たちから『こういう企画はモノを郵送してマスコットに喜んでもらう画を撮るだけじゃダメ。どうやって人に見てもらえるか仕込みなさい』『メディアに“こういうことをやるから記事にしてください”とか、各クラブのスタッフに送る企画書に“ツイッターなどで、このタイミングでポストしてください”などと書き込んで連携をとりなさい』とアドバイスを受けながらやりました。DAZNボックスも一から発注して、デッカい箱を六本木郵便局に持ち込んで各クラブに送った。いろいろな人に教えてもらい、怒られながら、でも楽しかったです」 思い出すのは「コンテンツ・イズ・キング。ディストリビューション・イズ・クイーン。モノを作った後、それをどうやって広げていくか――。これを考えるのが広報・PRの仕事だ」というDAZN時代の上司から聞いた言葉。『攻めの広報』を金子はDAZNで学んだ。
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