G20前に動き出した米朝関係 北朝鮮の元駐英公使が語る金正恩の狙いと本音
6月28日から2日間、大阪ではG20(20か国・地域)サミット(首脳会議)が開催される。期間中には米中首脳会談が実施される見通しとなっており、貿易摩擦だけではなく、北朝鮮の核問題も取り上げられる可能性が高まっている。中国の習近平国家主席は今月20日、初めて北朝鮮を訪問し、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と会談を行った。同じ日、東京では2016年に韓国に亡命した北朝鮮の元エリート外交官が会見を開き、北朝鮮の核開発や経済制裁、金正恩体制の今後について語った。今週末に行われる見通しの米中首脳会談、そしてG20サミット後に動きが加速する可能性がある米朝協議を前に、この元駐英北朝鮮大使館公使の言葉とともに、北朝鮮の非核化や金正恩体制について考えてみたい。
現行の経済制裁のみでは効果に限界
「来週、習近平国家主席が日本を訪れるが、その際に習国家主席は金正恩からの新たな提案を直接トランプ大統領に示すかもしれない。その提案に対してどのような答えが出されるのかは、トランプ大統領次第だろう」
20日に都内で記者会見を開いた元駐英北朝鮮大使館公使の太永浩(テ・ヨンホ)氏は、今週末に大阪で開催されるG20サミットで、中国の習主席がこれからの米朝関係で大きな役割を果たすとの見解を示した。 太氏のこれまでの経歴ついて先に触れておきたい。1962年に平壌で生まれた太氏は、北朝鮮の外交官養成機関として知られる平壌国際関係大学を卒業後、中国の北京で留学生として学び、1988年に北朝鮮外務省に入省した。在デンマーク大使館、在スウェーデン大使館勤務を経て、2013年から駐英北朝鮮大使館公使を務めていたが、2016年8月に妻子を連れて韓国へ亡命。北朝鮮から亡命した外交官としては最高クラスの人物となる。亡命後は南北統一を求めて積極的な発言を続けており、2017年には米下院外交委員会で北朝鮮の政治事情や金正恩体制の仕組みなどに関する証言も行っている。自身の外交官時代の経験をまとめた著書は、昨年、韓国でベストセラーになった。 太氏が会見を開いた20日は、偶然にも中国の習家主席が初めて北朝鮮を訪問した日でもあった。太氏は米中首脳会談が行われるG20サミットを前に、先行き不透明な米朝関係に突破口を見出したかった北朝鮮の金委員長が中国の影響力を使いたかったのだと語り、習主席が仲裁役としてキーパーソンになる可能性を示唆した。同時に米朝間で交渉が行き詰まった背景に、いわゆる「完全かつ、検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」の解釈が双方の国で異なる現状を指摘した。 「金正恩は東アジア地域における新たな核保有国として、北朝鮮の現体制を維持したいという思いがあるが、国連による経済制裁の影響もあって、それは非常に困難になっている。現状としては、北朝鮮は時間稼ぎのためのさまざまな可能性を模索しているだけだ」 核開発の放棄によって経済制裁は解除されるが、これまでに莫大な時間と費用を投入し続けてきた核開発の放棄と経済制裁解除によって北朝鮮が得られると想定される外貨獲得額を天秤にかけた場合、割が合わないという考えも根強く存在する。また、すでに完成させた核兵器については、非核化の対象から外してほしいというのが北朝鮮の本音だと太氏は語る。 「北朝鮮はシンガポールとベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談で、アメリカ側が進めようとしている政策について見直しをかけた。2度の会談でアメリカは北朝鮮の核開発停止に焦点を合わせていたが、ICBM(大陸間弾道ミサイル)を含む核兵器に関しては言及しなかった。アメリカは北朝鮮が保有する核兵器に関して直接的な言及を避けている。少なくとも、北朝鮮側はそう捉えた。金正恩は3度目の米朝首脳会談を行う前に、アメリカが一貫して要求し続けてきた『完全かつ検証可能で、不可逆的な非核化』が、どの範囲までを意味するのかを明確にさせておきたかった。核関連施設の廃棄は行うものの、すでに手元にある核ミサイルを、少なくともあと数年保有することが認められた場合、金正恩にとっては大きな外交勝利となる。そのためには、中国の習近平国家主席は必要不可欠な存在で、G20サミットでは習国家主席に北朝鮮とアメリカの仲裁役として動いてもらいたい思いが強いのだ」 経済制裁が強化されることによって金正恩体制が崩壊する可能性はあるのかという筆者の問いに対し、太氏は「経済制裁こそが、金正恩がトランプ大統領に書簡を送り、新たな米朝首脳会談の実施を望む理由である」と語った。しかし、発射可能な核ミサイルを廃棄せずに、今後新たなミサイル実験を行わないだけで経済制裁が解除されることになれば、国際社会は大きな「パラドックス」に直面するだろうと警鐘を鳴らす。 「米政府当局者たちから聞いた話だが、米政府は北朝鮮に対する140の経済制裁を準備していたものの、トランプ大統領は追加制裁を認めず、国連による現行の制裁措置を維持し続けることを望んでいる。追加制裁がないことを金正恩も理解しており、新たなミサイル実験などを大々的に実施するのは控えているが、平行線をたどるだけで、北朝鮮の核開発を全面的にストップさせる力にはなっていない。アメリカが本気で北朝鮮の非核化を実現させたいのであれば、今よりもはるかに厳しい追加制裁にシフトしなければ、何の進展もないだろう。また現行の経済制裁のみでは、金正恩体制は崩壊することはない。(国連に影響力のある)ロシアと中国のそれぞれの首脳と金正恩が会談を立て続けに行ったのにも、追加制裁を避けるために打った布石であったというのが、私の見解だ」