早期リタイアしたい「20~30代男性」が増えている なぜか?
早期リタイア希望者が増加する背景
このように計画的な早期リタイア希望が増加している背景には、近年アメリカ発のFIRE(Financial Independence, Retire Early、経済的自立と早期リタイア)に代表されるように、資産運用や節約、副業などのさまざまな手段で、早期リタイアを計画する活動が注目されていることがあると考えられる。 また、近年、NISAやiDeCo、不動産運用などの資産運用がブームとなり、コロナ禍前に比べ20~30代の若い世代を中心に資産運用を始める人が増加した(※2)。コロナ禍による株価の割安感の影響で、2024年にかけて利益が出やすい状況にあったことも拍車を掛けた。 (※2)金融広報中央委員会(2016、2019、2022)「金融リテラシー調査」(2024年8月6日アクセス)によれば、18~29歳で過去に1カ月の生活費を超える金額のお金を運用した人の割合は、2016年の11.6%から2022には20.2%に増加した。 他に、共働き・共育て化や婚姻率の低下も影響している可能性がある。第1子出産前後の妻の就業継続率が、2015~19年に出産した妻では約7割となり、5年前の5割台から大幅に増加した(※3)。妻と夫のダブルインカムの家庭はますます増加し、夫婦とも高収入のいわゆる「パワーカップル」に代表されるように、男性ばかりが一手に家計を支える状況が減った。また、独身者は一般的に子あり世帯に比べれば支出が少ない。このように、十分な世帯収入を元手に資産を増やせば、男性ばかりが高齢まで働き続ける必要はないと考える若手男性が増えている可能性がある。 (※3)国立社会保障・人口問題研究所(2021)「第6回出生動向基本調査」(2024年8月6日アクセス) 他方で、働くことが好きではない、プライベートを充実させたい、といった理由も依然多くを占めており、計画的にではなく仕事への消極的姿勢から早期リタイアを望む若手男性も増えている。そもそも、早期リタイアを計画する背景には、働くことに生きがいを感じられないといった心理もありそうだ。 また、若手女性では早期リタイア希望者は横ばいだが、2017~24年の8年で労働市場における女性活躍が進んだことを考えると、若手女性の早期リタイア希望者が減っていてもおかしくない。 実は、女性活躍に相殺されて表面上横ばいになっているだけで、男女問わず若手就業者全体に、漠然とした早期リタイア希望が増えている可能性がある。実際、調査データを見ると、若手女性の早期リタイア希望の理由として、「子育て・子どもの養育費がかかるから」「働くことが一般的な年齢だから」などが減少している(図表5)。 一方「理由はとくにない」が増加傾向にある。つまり、女性活躍の影響で、養育費や一般常識を理由とすることが減り、代わりに理由はないが漠然と早期リタイアしたいという若手女性が増えている。 このように若手就業者に早期リタイアを望む心理が拡大している背景には、さまざまな社会環境の変化があると考えられる。 一つに「プライベート重視」の若手の増加が挙げられる。これについてはさまざまな調査で確かめられており、例えば、新入社員に「仕事中心」か「私生活中心」か「両立」か、と尋ねたところ、2012年(6.6%)から2019年(17.0%)にかけて、「私生活中心」の割合が増加しているという(※4)。また、2011年から2021年にかけて、「できれば仕事はしたくない」と答える若者(25歳~29歳)が約3割から約6割に増加している(※5)。働き方改革などにより、ワークライフバランスが見直された世相が反映されていると考えられる。 (※4)日本生産性本部(2019)「新入社員『働くことの意識』調査」(参考:PDF 2024年7月26日アクセス) (※5)独立行政法人労働政策研究・研修機構(2022)「大都市の若者の就業行動と意識の変容―『第5回 若者のワークスタイル調査』から―」(2024年7月26日アクセス) また、終身雇用や年功序列などの日本型雇用の減少によって、従来のように1つの会社に勤めあげれば定年まで年功序列で昇給することが保証されなくなった。加えて、テクノロジーの進歩による産業構造の変化、賃金の低迷、働き方の多様化など、キャリアを取り巻く環境が急速に変化している。 そのため、若手社員の「キャリア自律」を促進する動きがあるが、新たな時代に適合したキャリア形成のモデルが多様で、不明瞭なために、長期的なキャリアがイメージしづらい。シニアまで働き続けてどうするのか、という明確で安定したビジョンが持てず、早期リタイアを希望しやすくなっている可能性がある。 一方で、シニア活躍が進み、70歳前後まで働く人が身近に増えたため、自分がシニアまで働き続ける将来像に直面させられ、かえってそうなりたくない・自分にはできないという反発が起きていることも考えられる。 最後に、若手就業者の今の仕事に対する意欲が低下しているわけではないので、誤解を避けるため確認しておきたい。早期リタイア希望者は、仕事で成長を感じられていなかったり(20代の傾向)、ワーク・エンゲージメント(※6)が低かったり(30代の傾向)する傾向があるのは確かだが、成長実感やワーク・エンゲイジメントの経年変化を見ると、2017~24年の8年間で大きな変化がない(図表6)。 (※6)ワーク・エンゲージメントとは、仕事に誇りとやりがいを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得て、いきいきとしている状態を表す。ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UWES)3項目版を一部改変して使用。 早期リタイア希望者の増加が示すのは、若手就業者の現在の就労意欲の低下というよりも、さまざまな社会環境の変化による長期的なキャリアの展望の変化だと考えられる。しかし、この傾向が続けば、将来的には少子高齢化社会における労働力確保や国内消費への影響が懸念されるため、今後も動向を注視する必要があると考えられる。