森山直太朗インタビュー「映像作品『素晴らしい世界』をきっかけに、見た人がそれぞれの中にある何かを考えるきっかけになってほしい」
映像作品でしか辿り着けなかった結論がそこにはある
――最後の台北公演を記録した映像の中(LIVE Blu-ray & DVD Disc 2に収録)で、「空白」とおっしゃっていたのが印象的でした。その「空白」は直太朗さんがずっと抱えていたものなのでしょうか? 今、僕はデビューして22年が経ったんですけど、最初の12年くらいですかね、自分のやりたいことを飲み込んで、なんとかバランスをとりながらやってきたという感覚があるんです。それは誰のせいとかではなくて、単純に自分が臆病だったから。外から見たらそれは何の問題もないようには見えてるんです、きっと。環境的にも。でも、自分の根っこにある魂みたいなものが、「もうこれ以上舞台になんて立てないよ」っていう悲鳴をあげて、それがどんどん大きくなっていったんです。じゃあやめればいいじゃないかと。だけど、舞台に立ちたかったんです。もう無理だっていうところまで行って、そこで最後の最後に残っていたのは、やっぱり舞台に立ちたいっていう気持ちだったんですよね。そこに気づけたんです。だから、ある視点から見た僕は、がむしゃらに突っ走っている森山直太朗に見えたかもしれないけど、少し視点を変えて見てみたら、それは自分じゃない自分を許容していた時間だったんです。それを「空白」という表現で語りました。 あるいは、僕がまだ8歳くらいの頃、父と母とひとつ屋根の下で暮らしていた時間、そこから40年くらい経って、父の死の間際に病院でまた3人一緒になる......それまでの長い時間は「空白」と言ってもいいかもしれないですね。映画ではそのときの音声が使われていましたけど、病院で父と母と僕が一緒にいるって気づいた瞬間、ホラー映画かなって思いました(笑)。「うわ、みんなでいる!」って。そこの、家族という視点だけで切り取ってみたら、僕は40年もの間、ずっと来ないバスを待ち続けている幼いままの自分がいるわけですよね。でもその空白があったからこそ、また視点を変えて見れば、僕は曲を書けたんだと思うから、一概に「空白」とは何か? という答えも実はないんですよね。でも、僕の中にあるふたつの「空白」......つまり、表現者としてのものと家族のものと、そのふたつがリンクしているのが『素晴らしい世界』という旅だったような気がしています。最後に父の死が含まれているということも。