吉見俊哉『東京裏返し 都心・再開発編』(集英社新書)を田中優子さんが読む(レビュー)
近代を「裏返す」鋭い批判の書
近代の東京を「裏返そう」とするすごい本だ。壊されていく街に想いがみなぎっている。 「息の根が完全に止められる直前の瀕死の街の姿」を三田小山町(港区)に見た著者は、それを「スペイン人によって全面的な破壊が行われようとしていた直前のアステカやインカ」にたとえ、「街の殺戮」だと断言する。「現代資本主義は『土地=金』の公式をどんどん複雑化させながら、常に高さを求め、土地を買い増し、その力により低地の生活や土地の記憶は圧殺され、消去させられてきた」という深い怒りには、全く共感する。 しかし、批判ばかりの書ではない。「開発主義に対する挑戦」として、すでに始まっているさまざまな試みを紹介し、「未来の東京のまちづくりにとって、川や用水が織りなす地域の地形を活かしていくことはとても重要」と、何をすればよいか具体的な提案をしている。「川筋を広域的につないで自転車やウォーキング、あるいは舟運のネットワークにより街を活性化していくプランが可能なはず」と。 江戸から東京へ、そして東京における度重なる開発によっておこなわれた第一のことは、川を暗渠(あんきょ)に閉じ込めて見えなくしてしまったことだった。第二には、街区の建物や昔ながらの店を次々につぶし、同じような高層ビルを建て、どこにでもある街にすることだった。ただでさえ震災、火災、戦災で大きく変貌していく東京は、実は人災でもっとも変貌したのだった。 本書は、2020年刊行『東京裏返し 社会学的街歩きガイド』の続編である。さらに言えば、この前著「社会学的街歩きガイド」のベースには、ミヒャエル・エンデ『モモ』の時空感覚と価値観がある。「生きられる時間が創造される源となる場所としての廃墟と墓地」を設定した『モモ』を挙げながら、著者は「日常とは異なる物語的時間を、日常的な都市風景のなかで生きること」として、東京の街歩きをし続けていたのである。 街歩きは続いた。しかし出会う街は「再開発」にさらされた街だった。私たちは何が起こっているのか、まずは凝視しなければならない。 田中優子 たなか・ゆうこ●江戸文化研究者 [レビュアー]田中優子(江戸文化研究者、法政大学総長) 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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