映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のダンスパーティ、時代考証が違うギターが使われたワケ…表現の自由を謳歌したエンターテインメントの教訓とは
1985年7月3日に公開された映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(日本での公開は1985年12月)はSF映画の最高傑作の1作として今なお絶大な人気を誇る。タイムスリップする本作の内容だが、主人公がクライマックスシーンで弾いたギターは製造年代が違うギターが使われていたのだとか…いったいなぜなのか。その理由に迫る。 【画像】時代には合わないはずのワミー・バー付きの赤いギターを求めた映画サイド
1955年にタイムスリップしたマーティが使っていたギターは1960年代に発売
LAにある老舗のギター・ショップ「Norman's Rare Guitars」。オーナーのノーマン・ハリスは、これまでジョージ・ハリスン、ボブ・ディラン、ジョン・フォガティ、ロビー・ロバートソンといったロック界のレジェンドたちにギターを売ってきた。 顧客は音楽業界だけに限らない。時にはハリウッドからも相談が入る。 あの大ヒット映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)のクライマックスのダンスパーティを覚えているだろうか。 30年前にタイムスリップしたマイケル・J・フォックス扮する高校生マーティ・マクフライが、指を負傷したギタリストの代役として、急遽エレキギターを演奏しながらロックンロールを歌うシーン。 初めて耳にするロックンロールに身体が踊り始める1955年の若者たち。それを見て「新しいサウンドが欲しいんだろ?」と言って、受話器の向こうのチャック・ベリーに聴かせるバンドメンバー。 その曲は1958年にリリースされて大ヒットとなる『ジョニー・B ・グッド』。 当時はこの映画に刺激されて、世界中で多くの若者が何度もビデオテープを巻き戻しながら、ギターの“完コピ”に励んだという。 ところがよく見ると、マーティが使っていた赤いギブソンのギターは、1960年代になってから発売されたトレモロ・アーム付きの〈ES-345TDC〉だった。
「1955年という時代考証には合わない」しかし、美術監督はお構いなし
「1955年にタイムスリップする映画に取り組んでいるので、楽器を貸してほしい」 ノーマン・ハリスが映画の小道具のスタッフから、そんな相談を受けたのは1984年のこと。映画に求められていたのは、その当時に少しだけ“近未来的”に映るギターだった。 「すぐに私の中で閃いたのが、ノブの仕様やP-90ピックアップの斬新さがうってつけだと思える〈ギブソンES-5スイッチマスター〉だった。私は小道具の責任者にそのギターを見せた。彼はそのクールで個性的なデザインを気に入り、抱えていたイメージにパーフェクトに合うと判断した」 〈ES-5スイッチマスター〉には2100ドルの値札がついていたが、その責任者は買取ではなく、週300ドルでのレンタルを要求してきた。 しかし、レンタルされたギターはそのまま9週間が経過。経費がかさむことを心配したノーマンは、そろそろ買い取ったほうが得だろうと提案したという。 ところが「映画に豊富な予算があるので心配は無用」だと、小道具の責任者はその提案を軽く受け流した。 10週間が過ぎると、今度は小道具係が「10週間分のレンタル料を払うので、違うギターを探してくれ」と言ってきた。「ワミー・バーもしくはトレモロ・アームのついた、赤いギターを使いたい」というリクエストが入ったのだ。 ノーマンはいずれの要望も「1955年という時代考証には合わない」という事実を突きつけた。しかし、美術監督はそういったルールなどお構いなしで、とにかくどんな種類のワミー・バー付きの赤いギターが在庫にあるのかを知りたがった。 「そこで私はギターを何本か挙げた。グレッチ6120を1本と、グレッチ・レッド・ジェット・シリーズのギターを1本と、最後にビグスビーのトレモロ・アームが付いた60年代初頭の〈ギブソンES-345TDC〉を提案した」