家庭生活は二の次で他の女性の影もある「夫」…切断された結婚指輪を「妻」はどうしたか(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「指輪」です *** 文学史には文才に恵まれた「作家の妻」がときどき現れる。『富士日記』の武田百合子(夫は泰淳)、『海辺の生と死』の島尾ミホ(同・敏雄)などが代表格だが、ここにぜひ加えたいのが小川恵(同・国夫)だ。
『アポロンの島』『ハシッシ・ギャング』などの純文学作品で知られる小川国夫は、内向の世代を代表する作家の一人。その没後、妻の恵が夫婦の暮らしを回想した『銀色の月』を上梓して評判になった。講談社エッセイ賞を受けたこの本の続編が『指輪の行方 続・小川国夫との日々』である。 家庭生活は二の次で、執筆中は書斎にこもり、外出すれば何日も帰ってこない夫。ほかの女性の影もある。 表題作は、ささいなことから夫が癇癪を起こし、結婚指輪を引きぬいて窓から投げ捨てて出かけてしまうところから始まる。著者は雑草の生い茂る裏庭で指輪を探すが見つからない。 夜になって犬の散歩に出た彼女は、突然走り出した犬に引きずられて転倒、ひじを骨折する。左手が腫れ上がり、医者はためらうことなく結婚指輪を切断した。 二片になったその指輪を自分も同じ場所に捨てようと決め、彼女は裏庭へ行く。 〈草むらにしゃがんで右の掌を地面に当ててみた。温かだった。夜の地面でさえ、まだこんなに温もりがあるのに〉 収録されたどの作品も、夫への愛ゆえに揺れる心を繊細に描きつつ、要所要所で容赦のない観察眼が光る。そこはかとない官能も漂う、エッセイの佳品である。 [レビュアー]梯久美子(ノンフィクション作家) かけはし・くみこ 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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