行定勲監督が韓国ドラマに初挑戦 映像美と“人”を描く演出手腕で織り成すミステリー<完璧な家族>
日本の映画界をけん引する一人、行定勲監督が演出を手掛けた韓国ドラマ「完璧な家族」が、韓国の地上波放送と同日の8月14日よりLeminoで配信開始した。同作は完璧に見えた一家の娘が殺人を告白したことから始まるミステリー。行定監督のキャリアを振り返りながら、第1話をレビューする。(以下、ネタバレを含みます) 【写真】INFINITEの“L”としても有名なキム・ミョンスが殺人事件を調べる刑事役で登場 ■韓国ドラマ「完璧な家族」とは 同作は、同名タイトルのウェブトゥーンを原作にドラマ化。放送中のジャパン・オリジナル版「スカイキャッスル」(テレビ朝日系)の元となった大ヒットドラマ「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」(2018~2019年)のキム・ビョンチョルとユン・セアが再び夫婦役をするという話題でも注目された作品だ。 キャストは他に、優秀な弁護士チェ・ジンヒョク(ビョンチョル)と専業主婦のハ・ウンジュ(セア)の娘であるチェ・ソニをパク・ジュヒョン、ソニのことを好きなパク・ギョンホをキム・ヨンデ、ソニの学校に転校してくるイ・スヨンをチェ・イェビン、ソニの幼なじみチ・ヒョヌをイ・シウ、刑事シン・ドンホをキム・ドヒョン、同じく刑事のイ・ソンウを特別出演でキム・ミョンス(INFINITE)が演じる。 ■日本映画界をリードする行定監督の新たな挑戦 行定監督は、今回初めて韓国ドラマの演出を手掛けた。放送開始前にも自身のX(※旧Twitter)で「この一年、単身韓国に渡り、韓国の地上波の連続ドラマに挑戦してました。平坦な道ではなく、かなりの苦戦を強いられました」とつづっていたが、キャリアとしては岩井俊二監督、林海象監督らの助監督を務めた後に「OPEN HOUSE」(1998年)で長編映画デビューから数えると26年。もう円熟期に差し掛かろうとしているともいえるところ。しかし、行定監督は“挑戦”を続けるのだ。 行定作品というと、第25回日本アカデミー賞で最優秀監督賞を受賞した「GO」(2001年)をはじめ、“セカチュー”の愛称で日本中に感動をもたらした「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年)、「パレード」(2010年)、日中合作映画「真夜中の五分前」(2014年)、「ナラタージュ」(2017年)、「リバース・エッジ」(2018年)などがある。恋愛もの、青春ものが多い印象で、“ラブストーリーの名手”ともいわれる活躍をしてきた。 そんな中、新型コロナウイルス感染症の感染拡大で緊急事態宣言が発令された2020年には、「劇場」「窮鼠はチーズの夢を見る」の2作が相次いで公開延期が決定する一方で、ショートムービー「A day in the home Series」をYouTubeで発表。エンタメの力で社会を盛り上げようと、完全リモート制作に挑み、映画愛に満ちた作品を生み出した。そして2023年には初の本格アクション作品となる綾瀬はるか主演「リボルバー・リリー」を行定ワールドで仕上げた。 その歩みを止めることはない行定監督が次に選んだのが韓国ドラマの演出だった。タイトルからも分かる通りベースとなるのは“家族”の物語で、かつミステリードラマというこれまでの監督作品にあまりない世界で、韓国のみならず日本の映画ファンの期待も高まる。 ■行定監督ならではの映像美に期待 第1話の始まりは、学校から帰宅したソニが自室のベッドに座り、スマホに保存されたクラスメートのツーショットを見て笑顔になるシーンだ。その部屋に至るまでの廊下は暗めだったのだが、ソニの部屋は画面左側の窓から日差しが差し込み、どことなく温もりの感じられる雰囲気だった。 行定監督の映画は、映像美が高く評価されている。行定監督が助監督時代に師事した岩井監督は、“岩井美学”と言われるほどの独自性のある映像美が人気だ。その岩井監督の多くの作品で撮影監督を務めた篠田昇氏は、行定監督の長編デビュー作と「世界の中心で、愛をさけぶ」を担当し、篠田氏が亡くなったあとは愛弟子の福本淳氏が撮影監督をしたりもしている。そんな経緯もあってか、行定監督の映像は光の差し込みや、暗いところでの青みがかった色合いが美しい。そしてそれはまた多くの場合、その場面でのキャラクターの心象を切り取るようでもある。 そんなことからも先のシーンはソニの心を写し取っているのかと感じられた。 ところが、すぐに衝撃展開となった。借りたままだったテキストを返そうと出掛けた先で殺人事件に巻き込まれてしまった。ナイフで刺されたのはギョンホ。同じ空間にいたのはスヨン。ソニのスマホの中の写真に写っていた2人だ。ぼうぜんとしたまま自宅に戻り、母の前で泣き崩れたソニは、なぜか自分が殺したと告白する。このとき映し出されたチェ家の邸宅がどことなく冷たさがあるように目に映ったのは、単にミステリー作品であると念頭にあったからのみだろうか…。 ■ソニの過去が明らかに、不穏で予測不能な展開へ 物語はそれから1カ月前にさかのぼって描かれた。転校してきたスヨンは、ソニはすぐに思い出せなかったが、幼いときに養護施設で一緒だった人物だった。実はソニは養女だったのだ。 ある日、アルバイト先の事情で給料が入らなくなったスヨンは、教室でソニにお金を貸してほしいと言う。最初はイヤホンをしていて気付かず、突然のことに戸惑うソニに、スヨンは衝動的に大きな声を出して金の無心をした。すると翌日、ギョンホがお金を渡し、「ソニをいじめるな」と忠告。そんなギョンホをスヨンは殴り、ソニに「あんた私をバカにしているの?」と言い放った。 裕福で優しい養父母の下で何不自由なく育ったソニと、ずっと苦労しているスヨン。ただ、スヨンの激し過ぎる態度は、対照的な暮らしとなってしまったことだけが原因ではなかった。ソニより少し前にスヨンも養女になることが決まっていたが、ケガをしてしまったせいで破談に。そのケガはソニが不注意で起こした火事によるものだったことが明かされた。 グッと色味を落としたトーンで描かれた後半。ピアノ旋律などのBGMと相まって不穏さを増し、ゾクゾクしながら目が離せなくなった。 行定監督は、映像美と共に、ラブストーリーなどでも恋する感情を捉えながら、その人となりを深く映し出すことに長けている。ラブストーリーであり、究極の人間ドラマでもあるというような。その面では本作もミステリーでありつつ、“完璧”だという家族とその周囲の人物の人間ドラマを掘り下げて見せてくれることだろう。それが物語に厚みをもたせるはず。新たな挑戦の中での展開が楽しみだ。 ドラマ「完璧な家族」(全12話)は、Leminoで毎週水・木曜夜10:50に1話ずつ日本独占配信中。 ◆文=ザテレビジョンドラマ部