「個人から社会の記憶に」 ノーベル賞委員長がたたえる被団協の歩み
10日にノルウェー・オスロで開催される日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)へのノーベル平和賞授賞式を前に、選考にあたったノーベル賞委員会のヨルゲン・バトネ・フリードネス委員長(40)が毎日新聞のオンライン取材に応じた。フリードネス委員長は「被爆者たちは自らの体験を個人の記憶にとどめず、社会全体の記憶として生かし続けてきた」とたたえ、核兵器使用の脅威が高まる世界に対し「今こそ、この記憶としっかり向き合うべきだ」と警鐘を鳴らした。 10月の授賞決定時の説明で、被爆者は「理解できないほどの痛みと苦悩」を経験したと指摘したフリードネス委員長。今回のインタビューでも「体と心に傷を負い、封印したいだろう記憶をさらけ出すのは簡単ではないはずだ。それでも、体験を語り続ける被爆者たちはとても力強い」とねぎらった。 証言活動について「自らの記憶を生かし続けることで、平和な未来を実現する前提となる『核のタブー』を守ってきた」と強調。高校生が証言に基づき原爆投下直後の様子を絵に描くなど、世代を超えて記憶が継承されていることも評価し、「過去に起きた出来事を正確に理解するためには証言が大きな役割を果たす。長年の努力によって、何万人もの体験が、国際社会に生きる私たちの共通の記憶として受け継がれているのは意義深い」と語った。 ◇銃乱射事件からの復興に携わり フリードネス委員長も惨劇の記憶を後世に残す活動をした。 2011年にノルウェー南部ウトヤ島で労働党青年部集会の参加者69人が殺害された銃乱射事件の復興活動にあたった。参加者の大半は10代で、事件の2週間後に遺族や生存者らを訪ねると、行き場のない怒りや悲しみに暮れる親、銃撃によるトラウマが癒えずに学校を中退した若者らを目の当たりにしたという。 「とてつもない暴力や恐怖を経験すると、その記憶と折り合いをつけるのに時間がかかる。私が出会った人たちは皆、それぞれの方法で心の痛みを表現し、それぞれのペースで前を向こうとしていた」 事件後、弾痕が残る建物を保存するか、解体するかで議論になった。つらい記憶を呼び覚ますものはなくしてほしいという遺族らの要望もあったが、「悲劇を繰り返さないためには、たとえ難しくても過去ときちんと向き合わなければいけない」と主張し、建物の一部が残されることにつながった。そこは現在、犠牲者名を展示し、生存者らによる証言会などが開かれる教育の場として使われている。 そうした経験のあるフリードネス委員長は「あの日」の体験を、生きた記憶として未来につなげる大切さを説く。日本被団協は自らの体験を基に教育を展開し、世界中に幅広い反核機運を生み出したことも評価された。中東やウクライナでは、核による威嚇が繰り返され、核保有国による核実験も絶えない今こそ、「『核のタブー』を物語る被爆者一人一人の証言に耳を傾けるべきだ」と力説した。【武市智菜実】