「家を建てても爆撃で壊される」「一日中肉体労働をしても800円しかもらえらない」若者の9割が欧州への渡航を夢見るガザの絶望的な現実
欧州への脱出を企てる若者
ガザの若者たちが考えていることは、欧州への密航だ。トルコからエーゲ海を渡ってギリシャに上陸し、陸路を北上してドイツを目指すか、エジプトやリビアから密航船でイタリアを目指すかである。 ガザで脱出の試みを繰り返している若者ナギ(23)と会った。ナギはガザ中部のハンユニス出身で、ガザ市内のカフェの給仕として朝10時から夜中の12時まで1日14時間働いている。日給は15シェケル(約600円)。「家に戻っていたら日給は飛んでしまうので、カフェで寝泊まりしている」と語る。 低い給料でも働いているのは、会社などで働こうとすれば、半年から1年間、「研修」と称して無給で働かねばならないためである。ナギは職業学校で裁縫を学び、18歳で修了した後、8か月、職探しをしたが見つからなかった。 イスラエルの封鎖前はガザに小規模の縫製工場が多くあり、ナギもイスラエルの衣料メーカーの下請けをしていた。しかし、封鎖によって縫製工場の多くが閉鎖された。 ナギはガザから脱出して、イスラエルに密航することを考えた。イスラエルには150万人のアラブ系市民(パレスチナ人)も住んでおり、潜り込んで働くこともできると考えたのだ。 ガザとの境界につくられている金網のフェンスを越えて、友人たち4人とイスラエルに行く計画を立てた。「私たちは2日間、境界での軍のパトロールを見張って記録し、その間隙を縫ってフェンスを越えることにした」と言う。 夜中にフェンスを乗り越え、イスラエル側に出たが、すぐ軍のヘリコプターに見つかってイスラエル警察署に連行され、不法入国などの罪で「懲役18か月」の判決を受けて服役した。 イスラエルの刑務所を出る時に、刑務所での労働の対価として2500ドルが支払われた。さらに、自治政府の政治犯問題省から500ドルの支援金を受け、計3000ドルの現金を手にした。 ナギは手に入った3000ドルを使って、ガザ南部のラファからエジプトに行く密輸トンネルを通り、アレクサンドリアから密航船に乗って欧州に行くことを考えた。ガザに戻ってすぐの2014年6月初め、密航斡旋人の手配で、ガザにいる友人とともに、ラファの密輸トンネルを通ってエジプトの港湾都市アレクサンドリアまで行った。 そこで120人ほどの密航希望者と合流して、言われた時間に港に行ったが密航斡旋人は来なかった。だまされたことが分かり、ガザに一文無しで戻ってきた。 ナギがガザに戻ってから、7月8日から8月26日までイスラエルによる50日間の攻撃と大規模な破壊があった。ナギは、今度はトルコから欧州に行くと話した。 親は止めないのか、と聞くと「父は建設業者だが、封鎖によって建設資材も入手できず、仕事はなくなった。私がガザを出ると言えば、父も一緒に行くと言うに決まっている。仕事も希望もなく、戦争がすべてを破壊した。ガザにいる9割の若者は脱出を考えている。ここで普通に暮らすことができれば、誰が出ることを考えるだろうか」と答えた。 3年以上にわたる、ナギのガザ脱出の試みは、ガザに住む若者たちの救いのない状況をそのまま映していた。
---------- 川上泰徳(かわかみ やすのり) 1956年生まれ。中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・編集委員。カイロ、エルサレム、バグダッドに特派員として駐在し、イラク戦争や「アラブの春」を取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。著書に、『イラク零年』『シャティーラの記憶パレスチナ難民キャンプの70年』『中東の現場を歩く』『「イスラム国」はテロの元凶ではない』などがある。 ----------
川上泰徳
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