愛子さま、単独地方公務デビューに見えた「高好感度の秘訣」 佐賀県の訪問先を追跡取材、接した人たちの胸に残る印象と言葉
一方、山田代表理事は、自分たちの取り組みに対して愛子さまが「平時の取り組みが、災害の有事に生きるのですね」と言ってくれたことが印象深かった。「地方の一活動の非常に実務的な話でしたが、丁寧に真剣に聞いてくださり、分からないことは教えて下さい、という気持ちがよく伝わってきました。そして理解していただきました」 鷹野所長はかつて大学の医学部で生理学を教えていたことがあり、愛子さまの振る舞いを見ていて、こう思った。「もし愛子さまが自分の教え子だったとしたら、こんなに教え甲斐がある学生はいない」。強い好奇心をもとに、素直な疑問をよどみなく投げかけてくれるからだ。 愛子さまが自分の経歴を細かく把握していることを知り、「私に対してこんなに関心を持ってくださるのか」と感激した人もたくさんいた。 ▽聞いた話をすぐ吸収してくれる 「こちらの話したことをあっという間に吸収して自分のものにしてくれる」というのも、今回よく耳にした感想だ。
陸上競技を案内した日本陸上競技連盟の尾縣貢会長は元10種競技の日本王者。やり投げの話をしていると、パリ五輪女子金メダリスト北口榛花さんの話題になった。「北口さん、かわいらしいですね。カステラ食べておられましたね」とにこにこする愛子さまに、尾縣会長は、やり投げにおける追い風と向かい風の影響や、1980年代にやりの重心が4センチ前に移動したことなどを話した。 約20日後に東京で開かれた園遊会で再会すると、愛子さまは「さっき北口さんと、やり投げの重心や追い風と向かい風のことを話して、盛り上がりました」と笑っていたという。ちなみに、報道によると、愛子さまと北口さんはこのとき、北口さんが競技の合間に食べていたカステラのことも話題にしたという。 歴史館の七田館長も、話したことに質問を返して確認していく愛子さまの態度に、説明を自分のものにしようとする一生懸命さを感じた。見学の最後の方になると、佐野常民の業績がもうすっかり頭に入っていて、医者であり、軍人であり、科学者であり、東京国立博物館をつくったり、美術界を牽引したりしたことをひっくるめて「多様な能力を持ったマルチな人だったんですね」とまとめてくれたという。
今回私は、愛子さまと接した10人ほどの人々に話を聞いて回ったが、自分も含めて多くが親世代であることもあり、愛子さまがまるで、国民みんなの娘のように愛されていることを強く感じた。愛子さまは、会った人みんなを喜ばせて佐賀の地を後にされた。22歳のみずみずしさと初々しさを遺憾なく発揮して人々を魅了した、見事なデビューだったと思う。