残りの人生をどう生きたいか。“老後を意識した家作り”の基本は「好き」を大切にすること
好きなものと、一緒に暮らす
『モリコーネ 映画が恋した音楽家』という映画の最初のシーンで、エンニオ・モリコーネの仕事部屋をかいま見ることができます。本棚に詰め込まれた本やアンプ、机の上に置かれた楽譜や鉛筆、ソファーに散らばる美術書、薄暗い光を生み出すドレープカーテン。整理整頓とは無縁の部屋。なのに、美しい。きっとこの部屋があったから、『ニュー・シネマ・パラダイス』のようなメロディーが生まれたんだな、と胸がいっぱいになります。 人間は十人十色。生活の中で大切なものも、目指す空間も違います。映画が好きな人は、大画面で映像が観られるほうがいいし、音楽が好きな人は大きなスピーカーで音を聴けたほうがいい。料理好きな人は、心が弾むキッチンで包丁を握れたら素敵です。すべてのことを満足させる空間を作るのは現実的ではなくても、たったひとつの大切なことを実現させるのは、不可能ではありません。 ---------- 本棚には美術書、料理の本、そしてスピーカーが入っていて、好きなウィスキーを飲みながら音楽が聴ける空間にしています。美しい背表紙の本は見えるところに、それ以外の本は扉の中にしまっています。〈YT邸〉 ---------- 人生を過ごすのは大半が自分の家の中です。ならばその空間にあるものは、自分なりの審美眼で厳選していくことが大切です。 モリコーネの部屋にはたくさんのものが無造作に置かれているけれど、ストップウォッチも、消しゴムも、彼によって選ばれたものです。大きな家具にも、小さなカップにも、心が宿ることを意識して選んでいけば、きっとその空間は住まう人の心を映し出す、特別な空間になるはずです。
“老後を意識した家作り”をどう考える?
50代を迎えると現在の仕事の終わりが見えてきて、模様替えをするにしてもリノベーションをするにしても老後を見据えた観点で考えなくては、と思う方がいらっしゃいます。 ただ、活動的に暮らしたいならば、手すりの取りつけ(後からつけられます)や、滑りにくい床材への交換などではなく、趣味や理想のライフスタイルを長く楽しめる空間作りを目指すのがおすすめです。人生は、現時点で思っている以上に長い可能性があるからです。 ---------- 私の理想の時間は、風を感じながら自分が作った料理をつまみにワインを飲み、音楽を聴くこと。もし都会でそれが実現しないならば、風を感じる風景を壁に掛け、心をエスケープさせます。好きなことをはっきりさせることが、空間作りの第一歩です。〈YK邸〉 ---------- 私が50代から大切にしたいのは、料理ができてワインが飲めて、音楽やプロジェクターで観る映像を好きな人たちと楽しめる空間です。 わが家の場合、たくさん持っている器には6セットずつ入れられる大きな収納が必要だけど、プロジェクターがあるからテレビ収納は不要。高さ50cm以上あるHarbethのスピーカーは室内に設置しても、アンプなどのオーディオ機器を隠す収納は必要です。そして部屋の空気感を作り出す、お気に入りの照明器具と絵画は重要......など、住まう人の個性に合った空間設計が必要となります。