イエメン、「幸福のアラビア」いつの日か(3) ~イエメン各地に存在する戦争の火種~
暫定政府の中枢都市マアリブ
話を旅に戻そう。既にイエメン入国から4日経っていた。当初の予定であれば、もうサナアに到着していてもおかしくない頃だ。 しかし、車は広大なハドラマウト州を走り抜けマアリブ州に入ったところだった。マアリブは暫定政府の中枢都市として機能している。 フーシ派エリアである首都サナアを始めとした北西部、独立派が勢力を持つ都市アデンを中心とした南部、そして暫定政府エリアの東部のハドラマウト。マアリブはこうした地域のちょうど真ん中に位置し、各地域に影響力を行使する上で重要な位置にあり、油田や天然ガスなど天然資源も豊富に存在している。当然、軍事化も進んでいる。 マアリブからサナアまでの距離は170キロほど。ようやくここまでやってきた。道中の風景にも変化がある。 外壁全体がクリーム色やワインレッド色などカラフルに塗られた真新しいホテルや建設途中のホテル。その色合いがなんとも街の雰囲気にミスマッチだ。 食品や衣類などあらゆるも日用品が揃う巨大な市場。店内の外壁には缶詰やジュースなどがぎっしり隙間なく並べられていた。 轟音をたてながら走る液化石油ガス(LPG)を運ぶタンクローリー車とすれ違うたびに、乗っている車が揺れる。 遠くに見える石油施設には何本もの細長い煙突が空に突き出し、そこからもうもうと立ち上る白煙で遠景がかすんでいる。 長閑な田舎町だったハドラマウトとは打って変わって、マアリブには工業都市らしい発展の雰囲気が漂っている。さすがは暫定政府の中枢だ。 その一方で、町の郊外に広がる砂漠には、粗末なテントが密集して建っていた。幹線道路を走っていると、道の真ん中に立って、行き交う車に対して物乞いをする人々も見かけた。 暫定政府の中枢であるマアリブは、情勢が比較的安定しているため、北西部や南部など戦争被害が大きい地域から多くの人々が逃れてきて、国内避難民として暮らしている。親族や知人を頼って市内で暮らす人もいるのだが、そうした知人を持たない人々の中には、郊外でテント生活を送り、物乞いをせざるを得ない人もいるようだ。 「5年前までこの辺りは道路くらいしかなかったのに、今はホテルやレストランが至る所に建てられ、18万人に満たなかった人口も300万人にまで膨れ上がっている」 「戦争の激化に伴って物価も高くなった。ひと昔前は10ドルもあれば良いホテルに泊まれたが、今はそれなりのホテルに泊まるにも40ドルはかかる」。ムハンマドがマアリブにおける状況の変化を説明してくれた。 私が利用したホテルの部屋は、ベッド2つにトイレ・シャワー付きで、テレビ、扇風機、エアコンが備えられているところがほとんどだった。これは、ムハンマドが言うそれなりのホテルに当たるのだろうか。しかしながら電力供給は不安定で、頻繁に停電し何時間も電気がない状態で過ごすこともあった。 ところで、イエメンの人々は物価が上昇している状況下でどのような暮らしを送っているのだろうか。ムハンマドに聞いてみた。 1カ月の給与は、軍人の場合は暫定政府から4万2000リアル(約1万8000円)、そして暫定政府を支援するサウジ政府から16万リアル(約7万円)の合計20万2000リアル(約8万8000円)。ただ、2019年11月現在、サウジが、戦争責任の回避のためか、支援している暫定政府への武器の供給や給与支払いなどを控えているという情報もあるようだが、真偽のほどを確かめられていない。 一般企業の場合は7万~9万リアル(約3~4万円)。もちろん、警備員や秘書官など職種や役職によって変わってくる。ちなみに現在のマアリブの人口300万人の15%(45万人)が軍関連の仕事に就き、25%(75万人)が食品工場や石油関連施設など私企業で働いている。 次に支出に関してだが、平均的な軍人家庭(4~6人)の場合、2LDKほどの間取りの家賃が月2万リアル(約9000円)、食費(主に小麦粉、米、砂糖、野菜)が月3万5000リアル(約1万5000円)、飲料水代が月2800リアル(約1200円)、水道代(生活用水)が月5800リアル(約2600円)、ガス代(料理用)が月2500リアル(約1100円)といったところらしい。 なお、電気代に関しては、お金がある時にまとめて支払うシステムらしく1カ月単位では不明だという。そこで、ひとまず電気代を省いて合算すると、おおよその支出は月6万6100リアル(約2万9000円)になる。 ちなみに現在、ガソリン1リットルは350リアル(約150円)、500ミリリットルのペットボトル飲料水は一本150リアル(約70円)。 生活必需品の物価は、戦争が激化する前と比べて20~30%上昇しているそうだ。しかしガスは自国で賄っているため比較的安い。職場における役職、持ち家かそうではないかなどで生活水準は変わってくるだろうが、単純計算すると、暫定政府エリアでは最低賃金でも最低限の生活が成り立っていると考えてよさそうだ。 一方で、フーシ派エリアである北西部の賃金の支払い状況は厳しいという。政府職員、軍人、教員、医師などの給与は、月給の半額が2カ月に1度支払われる程度だという。そんな状況でどうやって暮らしていけるというのだろうか。学校における教育水準も下がっているという。当然だ。そんな給与では教員もまともに生活できないし、仕事をする気にはなれないだろう。 ちなみに私はイエメン滞在中、昼食はほぼ毎日レストランで、主に大皿ご飯とチキン、アラブパン、豆ペースト、コーラなどを飲み食いしていた。私とムハンマドとドライバーの3人前でだいたい8000リアル(約3500円)。いまさらながら、なかなかの贅沢をしていたことに気づく。 暫定政府エリアでの長居で、ハドラマウトやマアリブにおけるおおよその市民の生活感はつかめた。 後は、南部独立派の中枢であるアデンを中心とする南部、そしてこれから向かうフーシ派エリアの北西部の市民生活の実態を確かめたい。北西部を目前に控え、また予定が押していることもあり、早く現地に行きたいと気持ちばかりがはやった。(続く) ----------------------------- 森佑一(もり・ゆういち) 1985年香川県生まれ。2012年より写真家として活動を始め、同年5月に DAYS JAPAN フォトジャーナリスト学校主催のワークショップに参加。これまでに東日本大震災被災地、市民デモ、広島、長崎、沖縄などを撮影。現在は海外に活動の場を広げており、平和や戦争、難民をテーマに取材活動を行っている。Twitter, Facebook, Instagram: yuichimoriphoto