イエメン、「幸福のアラビア」いつの日か(3) ~イエメン各地に存在する戦争の火種~
年明け早々、米国がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したことで、「第3次世界大戦」の勃発もささやかれるなど、中東情勢が緊迫の度合いを増しています。そして、このイランと関係が深いとされる「フーシ派」が首都を支配する国にイエメンがあります。国内を舞台に続く戦争によって、深刻な人道危機に見舞われているにもかかわらず、国際的なニュースになることも少ないことから「忘れられた戦争」と言われることもあるようです。 かねてよりイエメン難民の取材などを続けてきた写真家の森佑一さんは昨年8月、初めてイエメンを訪れ、同国内を旅しました。中東各地で起きている様々なことは、一見すると別々に起きているようにも見えますが、実は相互に関連しているケースは少なくありません。中東情勢の緊張感が高まる今、森さんに戦時下にあるイエメンで見聞きしたことをルポしてもらいます。
マハラ州、語られぬ代理戦争の兆し
イエメン入国直後のことだ。オマーンと国境を接するマハラ州で気になる出来事があった。 国境でタクシーに乗り込み、アラビア海沿岸を走っていると、後部座席に一緒に相乗りしていたイエメン人男性2人が海の沖を指差した。 「あの船が見えるか?」 遠くてはっきり見えないが、タンカーのようだ。そこまで大きくはない船が、細く黒い煙を上げ停泊している。その時はそれほど気に留めなかったが、後になってムハンマドが言った。 「あそこに船が停泊しているのはどうも不自然だ」 その夜、サウジ側とマハラ州の現地部族(以下、マハラ部族)との間で衝突があったことが分かった。 一体何が起きているんだろうか。入国早々、頭上にクエスチョンマークが舞う。全く状況がつかめない。早速ムハンマドにそのことについて尋ねるとすぐ答えが返ってきた。 サウジが、オマーンと国境を接するこのマハラ州をコントロールしようと、現地で一部のマハラ部族を訓練、支援するなどして長年介入している。一方でサウジに懐柔されることなく、対立姿勢を維持しているマハラ部族が存在する。かつてマハラ州とソコトラ島を支配圏に置いていたスルターン(イスラム世界における君主)であるアフラール家と彼らを支持する勢力などだ。 自分たちの利益のためにサウジ側に立つ者、自分たちの土地を守るために反サウジ運動を繰り広げる者。マハラ部族内でも分断が起きているのだ。 しかし、なぜサウジはこのマハラ州に介入する必要があるのだろうか。政治や歴史に長けたムハンマドがさらに丁寧に説明してくれる。 「サウジは、このイエメンとオマーンの国境を越えてイランからフーシ派へ武器や物資が運び込まれていると考えているんだ。というのも、オマーンはイバード派というイスラム教の宗派が70%を占めていて、シーア派に近い関係にあるらしいからだ。外交的にも経済的にもシーア派のイランと繋がりがあるんだ」 「そしてもう一つ。イランとオマーンに挟まれたホルムズ海峡とイエメンとジブチに挟まれたバブ・エル・マンデブ海峡があるのだが、この2つの海峡は石油タンカーの通り道だ。もしここがイランやフーシ派に脅かされれば、サウジの石油供給に大きな影響が出てしまう。だから、サウジはマハラ州南岸にあるニシュトゥン港まで石油パイプラインを引いて、安全で安価な供給路を確保しようとしている」 「しかし、オマーンはマハラ部族を支援するだろう。というのもイエメン東部のマハラとオマーン西部のサラーラは、国境に隔てられてこそいるが環境も文化も似ていて、昔から部族的に結びつきが強いからだ」 今までイエメン戦争に中立の立場を保っていたオマーンまでもが介入し、サウジとの代理戦争に発展する可能性があるということだろうか。 となると、もしかしたら、入国直後に見たアラビア海沖で黒い煙を上げて停泊していたのは、物資を積んだオマーンのタンカーであった可能性があるのではないか。マハラ部族への支援物資を積んでいて、それを見つけたサウジと衝突したのではないか。そんな想像が頭の中をよぎる。 ちなみに帰国後、インターネットで調べてみたが、マハラ州で現地部族とサウジが対立していることに関する日本のメディアによる報道は自分が調べた限りでは見つけられなかった。海外でも取り上げているメディアは少ないようだ。国際社会が気づかないうちに、マハラできな臭さが増しつつある。そんな気がしてならない。