衆院選と同じ日の「最高裁判所裁判官の国民審査」何を“基準”に投票する? 法律が定める正しい“投票ルール”とは
制度の「実効性」を高めるには
とはいえ、「判断できない」「判断したくない」という意味での「棄権」は決して望ましいことではないだろう。 上脇教授:「国民審査の際に判断材料となる情報が少ないという問題があります。 広報のやり方を整えることも重要です。 たとえば、国民審査の直前だけではなく、『年1回』など定期的にマスコミが『こういう判決があり、それぞれの裁判官がどの意見だったのか』と振り返る報道をしてくれることが望ましいでしょう。『弁護士会』『市民オンブズマン』のような第三者機関による広報があってもいいのかなとも思います。 もちろん、基本的人権に無理解な勢力が政治的に『この裁判官を罷免しよう』と働きかける運動をするような危険性も考えられなくはありません。そうなれば裁判官の独立・司法権の独立が脅かされるおそれがあります。 しかし、現時点では、それ以前に判断材料が少なすぎます。 少なくとも、マスコミや弁護士会などが、国民審査のタイミングか否かにかかわらず定期的に、最高裁の判決内容と争点、それに関してそれぞれの裁判官がどのような判断を行ったかという『事実』についての情報を整理し、国民審査の目的や方法の解説とともに広報することは、もっと行われてよいのではないでしょうか」
現行制度下で「投票」を決めるための“基準”は?
上記のような問題点を抱えつつも、10月27日の国民審査の投票は、現行制度を前提として行われることになる。 その際、私たち有権者は、どのような基準で判断を行うべきか。 上脇教授は、現時点でできる限りの手段として、以下の通り説明する。 上脇教授:「まず、公報や報道が少ないとはいえまったくのゼロではありません。積極的に情報提供している報道機関や法律家団体もありますので、自分から情報を取得していくことが大切です。 その際、それぞれの裁判官が憲法問題、特に人権保障について、どのような判断を行ったかに注目することをおすすめします。 最高裁は憲法問題についての最終の判断を行う『終審裁判所』で、自分の人権が侵害された場合に『最後の砦』になってくれる機関だからです。 最高裁判所の判決には、各裁判官が『意見』を明記することが認められています。判決の結論に賛成しつつ自分の見解を補足的に述べる『補足意見』と、判決の結論に反対する『反対意見』があります。 幸いなことに、NHKの特設ページ等、情報をある程度整理してまとめてくれているところがあります。各裁判官について、注目の裁判での判断内容や、趣味等も含めたプロフィールなどを紹介しています。 また、弁護士の団体『日本民主法律家協会』の国民審査プロジェクトチームが独自の視点で情報を整理し、意見を発表しています。 それらを参考にして、『この人は、もしも自分が人権侵害を受けたときにどのような判断をしてくれるだろうか』『人権保障の砦としての役割を担うにふさわしい人か』という観点から判断することをおすすめします」 審査の対象となる裁判官の中には、就任して間がなく、判決の実績がない人や少ない人もいる。そのような人については、どう判断すればよいか。 上脇教授:「任命されたばかりの裁判官については、正直なところ、情報が少なく、判断が難しいと思います。それは、私が『棄権』の選択肢を設けるべきだと考える理由の一つです。 裁判官出身の人については、その人がかかわった下級審の判決をチェックする方法が考えられます。もちろん、下級審の判決には『意見』を付することができないので、その判決の結論に対する賛否は分からないという難点はあります。そこは複数の判決をチェックするしかないかもしれません。 それ以外の官僚出身、弁護士出身については、前職での実績や言動を知ることができるのであれば、可能な限りそれらの情報を自発的にチェックするしかありません。ただし、その際、確かな情報かどうかを吟味する必要があります」 現行の国民審査の制度は、その重要性が国民の間で広く認識されているとはいえないかもしれない。それは、在外邦人に国民審査が認められていなかったことを理由として提起された訴訟(最高裁が違憲判決を行った)において、国側が「国民審査という制度は必要不可欠のものではない」と主張したことにもあらわれている。 また、制度のあり方や運用方法についても、上脇教授が指摘するように、さまざまな問題点や改善の余地があるかもしれない。 他方で、国民審査制度は、究極的には私たち国民の基本的人権を守ることを目的とした制度であることに疑いはない。 有権者としての私たちには、今回の国民審査での意思表示をどうするかに加え、制度の問題点は何か、どのように改良していくべきか、といったことについて考え、具体的に行動することが求められているといえるだろう。
弁護士JP編集部