元暴力団組長が出資し、袴田事件の冤罪を訴えた「実録映画」の「知られざる秘話」…袴田巖さんを演じた「主演俳優」のハマりっぷり
袴田事件映画化の構想
『BOX 袴田事件 命とは』は大手映画会社によるメジャー作ではなく、その成り立ちはいささか珍しい。かつて『松川事件』(61年/監督:山本薩夫)のように左翼系の団体、あるいは独立プロがカンパをもとに冤罪を訴える作品を送り出して社会運動とリンクしたが、「BOX製作プロジェクト」という製作委員会が組まれた本作は、また別角度からのアプローチで実現している。 主要スタッフのうち、「企画」としてクレジットされているのは「忠叡」。まるで僧侶のような名前だが、その本名は後藤忠政……後藤組(山口組二次団体)の元組長であり、3億円の私財を映画に投じたという。 武闘派の経済ヤクザたる後藤組は、本拠地の静岡県富士宮市で創価学会と対立、民事介入暴力を扱った映画『ミンボーの女』(92年)の公開に際しては監督の伊丹十三を襲撃した。そのほか後藤と芸能人の幅広い交友関係も報じられている。 2008年、山口組からの除籍処分を受けた後藤忠政は、得度して忠叡を法名に。闇の存在だったが、2010年には告白的自叙伝『憚りながら』(宝島社)を出版し、累計22万部突破のベストセラーとなった。 同書では『BOX 袴田事件 命とは』についても言及しており、まず地元の静岡県で起きた事件として「ずっと引っかかるものがあった」。そして趣味が高じて「以前から映画を作りたいと思っていたんだ」という後藤は、肝臓がんでの余命宣告を受けたことも相まって袴田事件映画化の構想を練っていった。
「新右翼のカリスマ」との関係
後藤忠政にとって「生涯の友」は野村秋介──新右翼のカリスマ、あるいは教祖と呼ばれた活動家である。横浜の愚連隊出身ながらバブル期にはヴェルサーチのスーツを着こなしてメディアに登場し、従来の「右翼」のイメージを覆す存在となった。 野村は映画プロデューサーにも進出。二・二六事件を題材にした『斬殺せよ 切なきもの、それは愛』(90年)とチンピラもの『撃てばかげろう』(91年)を立て続けに送り出し、それぞれ東映系で全国公開された。そこには盟友である実業家、サムエンタープライズの盛田正敏のバックアップがあった。バブル景気と修羅場の絆で誕生した『斬殺せよ』にはビートたけしも出演、かつて野村に危機を救われた縁から新党「風の会」結成の記者会見にも出席している。 俺に是非を説くな激しき雪が好き──そんな句を詠んだ野村秋介は1993年10月20日、朝日新聞東京本社役員応接室を訪れ、両手の拳銃によって自決する。前年、新党を率いて国政に挑んだ際、山藤章二が『週刊朝日』のイラスト連載において「風の会」を「虱(しらみ)の党」と揶揄。そのことに激怒して抗議を続け、かねて朝日の思想信条に異議があったことなどから直接行動に出たという。 野村自決後もその意志を受け継ぐものたちが映画業界で活躍。やがてサム系列のプレイビルパブリッシャーズからエロVシネや実録ヤクザVシネを連発して、レンタルビデオのヒットメーカーに。後者では組長の葬儀といった実際の映像が提供されており、「実録ゆえ実名」をウリに現役の暴力団組長までもがペンネームで作品づくりに乗り出した。 芸能界との交流も盛んな後藤忠政は、そんな野村や後継者の姿を見ていたことだろう。『BOX 袴田事件 命とは』を製作するにあたって、野村門下生で「俺の堅気の若い衆」という夏井辰徳に脚本をオファー。夏井は『獅子王たちの最后』(92年)でデビューしたのち、本作が2本目の映画となった。 哀川翔×錦織一清、暴力団新法施行直前のチンピラふたりを描いた『獅子王たちの最后』は野村秋介が「監修」を務めており、前作『獅子王たちの夏』(91年)も同様だ。そして、この二部作を手がけた高橋伴明こそ、『BOX 袴田事件 命とは』の監督である──。
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