愛犬10年物語(2)番犬・同志・学園マスコット 世代超え劇団支えた犬たち
絵里奈は、ほかの2頭がいる事務所棟から離れた宿舎マンションのロビーの片隅で暮らしている。「犬たちは、以前、敷地内の高台にあった真山先生の自宅周辺に住む『山の上』グループと下のグループに分かれていたんです。今だから言えることですが、先生は『この子たちはどこにも行かないでしょう』と、山の上のグループを放すことが多かったんです」。すると、放し飼いのグループの方と下でつながれていたグループの間に力関係の差が生じ、仲が悪くなってしまった。絵里奈は山の上の犬の子孫なため、今も下で暮らす茶々と千代丸とは相性が悪いのだ。だから決して一緒にはさせない。「あんたは昔のことは知らないでしょ?と絵里奈には言うんですけどねえ」。茶々の散歩係は込山さん、千代丸の“ママ”は小津和さん、絵里奈の世話は江崎さん。3頭はあくまで「劇団の犬」だが、ゆるやかな担当が自然と決まっている。
真山美保の死と日本全体が縮小に向かう時代の流れが重なった結果であろう、劇団員の数は最盛期の10分の1以下まで減り、存続の危機にさらされた。そんなおりに、広いキャンパスを探していた星槎学園との敷地の共有の話が持ち上がった。2011年に「高尾キャンパス」が開校。劇団員たちの暮らしはそのままに、施設を学校と共有する形で、少数精鋭で主演目の『泥かぶら』に集中して公演活動を続けるという新たな道が開けた。演劇を志す星槎の生徒が客演し、地方公演にも帯同するといった高校教育とのコラボレーションも行われている。
番犬から同志へ、そして、学園のマスコットに。犬たちの役割も、このユニークな劇団の歴史の中で変化してきた。「状況が変わったことは、犬たちもすぐに理解したようですね。学校には新入生や父兄など初めての人も多く来ますが、以前のように見知らぬ人に吠えることはなくなりました。犬の状況を感じ取る能力はすごいですね」と込山さん。江崎さんが続ける。「初めて来た生徒さんや父兄は、だいたい『あっ、犬がいる!』とパッと明るい表情になります。引きこもりだったり他校で不登校だった生徒さんが、犬がいるから来られるようになることもあります。『じゃあ、君は週に1回、犬の散歩をしにおいで』ということがきっかけになったりするんです」。