【このニュースって何?】東京・国立市のマンション解体へ → 景観って大切なの?
日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんがヒントを教えます。
富士山の一部が隠れる
東京都国立市でほぼ完成していたマンションが取り壊されることになりました。このマンションは「グランドメゾン国立富士見通り」という名称で、高さ30.95メートルの10階建てです。「富士見通り」という名称からわかるように、富士山が正面に見える通りに面しています。建設した積水ハウスは解体することにした理由について、「建物が富士山の眺望に与える影響を再認識した」ためだと発表しました。 このマンションについては、計画段階から富士山の眺望に影響が出ることを心配する声が地元住民から出されていました。できあがると、実際、通りから見える富士山の一部がマンションによって隠れてしまいました。積水ハウスは住民から裁判を起こされることなどを想定して、異例の取り壊しという判断をしたのではないかとみられます。 建物の高さが景観に与える影響をめぐって論争になったことは、これまでもありました。高い建物は、土地を有効に活用することになりますが、景観や街全体の雰囲気などに悪い影響を与えることがあるためです。過去にあった「高さ論争」を紹介し、法律の範囲内での建てる側の自由と周辺住民の権利との調和について考えてみたいと思います。 戦後の高度経済成長期の真っただ中の1966年、東京・丸の内に超高層ビルを建てる計画が発表されました。損害保険会社の東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)の本社ビル(現・東京海上日動ビル)です。場所は東京駅にほど近い皇居前でした。建築界の巨匠、前川國男による設計で、高さは127メートルでした。 当時、周囲のビルは古い規制に基づく高さ約30メートルでそろっていました。63年まで建築基準法による31メートルまでという高さ制限があったためです。66年にはこの制限はなくなっていて、容積率に応じて高さの上限が決められるようになっていましたので、東京海上日動ビルの計画に法律上の問題はありませんでした。 ただ、皇居周辺は「美観地区」とされていて、このビルは周囲から突出した高さになり、「美観を乱す」という建設反対の声が出ました。さらに、「皇居を見下ろすのは不敬だ」との反対の声もありました。この問題は「美観論争」とよばれ、国会でも取り上げられる大騒ぎになりました。 結局、東京海上が高さを99.7メートルと100メートル以下にすることで決着し、74年に完成しました。この論争が基準となり、皇居側のビルは高さ100メートルまでという目安ができました。論争となった東京海上日動ビルは現在、建て替えのため取り壊し中で、新たに木材を使った高さ100メートルの「木の本店ビル」となる予定です。東京駅周辺でも皇居側ではない場所には高さ150~200メートルのビルが林立し、かつての美観論争がうそのような風景です。