イチローの3000本への原動力と険しい前途
マーリンズのイチロー外野手(41)は、区切りのメジャー通算2900安打を超え、順調に、3000本安打へのカウントダウンをスタートさせている。日本時間5日のメッツ戦でも、途中出場すると、3試合連続のヒットを記録して、日米通算のヒットを4182本として、メジャー最多歴代2位のタイ・カッブの記録まで残り9本とした。 イチローのヒット量産の背景には何があるのか。 7月24日のパドレス戦。 サンディエゴの夜空に向かってふらふらっと上がった打球が、イチローの前にポトリと落ちる。パドレスのブレット・ウォレスがラッキーな安打を記録した。 ただ、おそらくこのプレイを見ていたら、マリナーズの試合を中継する「ROOTスポーツ」で試合前と試合後に解説を務めるマリナーズの元選手は、こう言ったはずである。 「ダイビングしろよ、捕れるじゃないか」 マリナーズ時代のイチローが同じようなプレイをすると、テレビでは口にしないが、必ず記者席でそう愚痴った。回りにいる人たちにしてみれば、「また始まったよ」という感じだったが、彼が今も試合の解説をさせてもらえないのは、そういう了見の狭いところがあるからかもしれない。 仮にイチローがあの打球に対して頭から飛び込むような選手だったら、果たして今もプレイしているだろうか。メジャー通算3000安打が、視界に入っているだろうか。 実は先日、そんなことを改めて考えさせられることがあった。 開幕から好調で、オールスターゲームにも選ばれたマーリンズのディー・ゴードンが、前半最後のシリーズで左の親指を脱臼。一塁へヘッドスライディングしたときに痛めた。彼は以前にも右の親指をやはりヘッドスライディングをしたときに脱臼し、手術をしたとのこと。今回は今週中にも復帰できそうだが、右の親指の時は2ヶ月も戦列を離れたそうだ。 ゴードンは今季序盤、イチローが2004年に記録した262本の年間最多安打記録を更新するのでは、という勢いでヒットを重ねていたが、これで年間200安打も分からなくなった。おそらく彼はこれからもヒットを打ち続けるだろう。いつか、イチローの記録に限りなく迫るかもしれない。だが、一塁にヘッドスライディングを続ける限り、メジャー通算3000本には届くまい。素質は申し分ない。ただ、どうしても、ケガのリスクが彼のプレイスタイルに潜む。 損失は個人記録だけではない。故障前、彼の今季の出塁率は3割5分9厘。盗塁は33個。マーリンズはそんなリードオフマンを失っただけではなく、彼はセカンドでもゴールドグラブ賞級の華麗なプレイを披露する。ヘッドスライディングの代償は、オフェンスにとどまらない。 イチローのプレイに話を戻せば、確かにダイビングすれば捕れるかもしれない。だが、ケガと隣り合わせ。手首を痛める可能性がある。首を痛めるケースもある。 そこに伴うリスクと背負っている責任を天秤にかけ、イチローは後者をとってきた。ゴードンのように長期欠場すれば、チームに迷惑をかける。チームで最高年俸をもらっていたマリナーズ時代には、特にそういう意識が働いたのではないか。 もちろんそれでも、前出の元選手の様に批判する人は少なくないが、それでイチローの軸がぶれたりしていたら、7月29日の1打席目にメジャー2900安打を放ち、3000安打にあと100本と迫ることはなかったはずだ。