上皇から美智子さまへの「思慮にみちたプロポーズの言葉」をご存知ですか? その言葉が、美智子さまを動かした
皇太子の「本当のセリフ」
織田はのちに自身の「柳行李」のアドバイスが決め手となったと思い、取材にもそう答えたため、「柳行李ひとつ──」が皇太子のセリフとして流布したが、実際はそのような言葉は口にしていなかった。平成になってから織田が美智子から聞いた皇太子の真実の言葉は、 「YESと言ってください」 というストレートなものだった。そして話の最後に「公的なことが最優先であり、私事はそれに次ぐもの」と話した。公的な立場を守らなければならないので、あなたのことを守り切れない場合もある。皇太子の正直な言葉に美智子は心を動かされ、「自分が行かねばならない」と思った。「YESと言ってほしい」と強く言われて、そう答えた──。美智子は織田にそう説明したという。のちに東宮侍従の黒木従達も美智子から聞いた言葉として、次のように書いている。 「度重なる長いお電話のお話しの間、殿下はただの一度もご自身のお立場への苦情をお述べになったことはおありになりませんでした。またどんな時にも皇太子と遊ばしての義務は最優先であり、私事はそれに次ぐものとはっきり仰せでした」 黒木は「この皇太子としてのお心の定まりようこそが最後に妃殿下〔美智子〕をお動かししたものであったことはほぼ間違いない」とみている。理知と論理の人・正田美智子の決心を固めさせるには、愛の言葉の連呼ではなく、彼女が皇室に入る意味と意義を説く必要があった。皇太子は美智子という人間を理解し、見事に成功したのだ。 ただ、友人の澤崎美沙は美智子が「いままで理性で考えぬいた基礎の上から、限りない勇気と信頼とをもって最後のジャンプを敢行した」と言う。そのジャンプは理知の人・美智子にとっても大きな精神的苦しみで、澤崎に「こわい」とおびえるように訴えたこともあった。その美智子の背を押してジャンプさせたのが皇太子の情熱だった。 「どうしても動かされずにはいられない愛情というのがあるのね」と美智子はぽつんと言ったという。しかし、「私はもっと安易な場に愛情を見つけたかった」とも言った。 「でも一度見たものに目をつぶっていいかしら。それが本当の愛情だったら、私はやっぱりそれを見つめていくのが本当かもしれない」 明仁皇太子の自分に対するこれほどの愛と情熱を通り過ぎることはできない。それが美智子の心だった。