日本製鉄のUSスチール買収が膠着状態になっている理由は?ワシントンが親中派企業に抱く「安全保障上の懸念」
日本製鉄による、米鉄鋼大手USスチールの買収が波乱含みの展開となっている。日本製鉄は成長が期待されるアメリカ事業へのシフトを進めているが、そんな同社にとって経営不振が伝えられるUSスチールの買収話は、渡りに船といったところ。 USスチール経営陣の賛同も得て、問題なく進むかに見えた今回の買収だが、労働組合や政治家たちの反対もあって、現在は膠着状態となっている。日本製鉄の経営陣は「大統領選が終わったので、冷静に議論できるようになった」とコメントしたと報じられているが、事はそう簡単に進むのか。 そんな今回の買収劇に関するリポートが三井住友DSアセットマネジメント チーフグローバルストラテジスト・白木久史 氏から届いているので、概要をお伝えする。
USスチールを是が非でも買収したいワケ
国内の鉄鋼需要の頭打ちから、日本の大手鉄鋼メーカーは海外ビジネスに活路を見出している。米国は、中国やインドに次ぐ世界3位の鉄鋼消費国だが、鉄鋼完成品の需要が年9453万トンに上る一方、粗鋼生産は同8053万トンにとどまり、米国内に限れば供給不足の状況にある(2022年)。 現在は、主に中国からの安価な鉄鋼製品の輸入がこうした需給ギャップを埋めているが、今後はトランプ新大統領による関税引き上げが想定されるため、輸入鋼材の流れが滞ることとなりそうだ。また、米国内での工業生産の増加も期待され、鉄鋼需要は、さらにひっ迫する可能性が高い。 このため、日本製鉄にとってUSスチールが持つ米国内の高炉8基(うち2基は休止中)、電炉5基(うち2基は建設中)の生産能力は魅力的な資産といえそうだ。 もし、こうしたUSスチールの設備に日本製鉄の技術を導入すれば、その生産性、生産量はともに伸びる可能性が高く、今回の買収提案は魅力的な成長戦略と言っていいだろう。 また、USスチールは環境技術に優れた最先端の電炉メーカーを子会社に抱える上に、両社統合後の粗鋼生産高は世界3位の規模まで拡大する点も、買収のメリットとすることができそうだ(図表1)。 そんな「ウイン・ウイン」だったはずの買収計画に反対してきたのが労働組合、バイデン大統領、そしてトランプ氏とハリス氏の両大統領候補だった。 特に、トランプ氏はハリス氏に先駆けて買収反対を表明し、外国企業による米国企業の買収を審査する対外国投資委員会(CFIUS)も「安全保障上の懸念がある」と表明したことで、現在この買収は膠着状態となっている。 ■「話せばわかる」というけれど 選挙を意識したパフォーマンスもあったのか、大統領選の激戦州であるペンシルバニアに本社を構えるUSスチールの買収について、労働組合に配慮した両大統領候補が反対したのもある意味当然だったのかもしれない。 大統領選も終わり、延長されたCFIUSの審査が今年末に延長期限を迎えることから、日本製鉄側はその進捗に楽観的な見通しを表明している。 「今回のUSスチール買収は、米国への投資を通じて米国内の雇用拡大が図られる」ことから、日本製鉄側は「話せばわかる」とのこと。しかし、心配な点がないわけではない。 それは、(1)ハリス氏に先駆けて買収反対を表明したトランプ氏が大統領選に勝利してしまったこと、(2)CFIUSは既に「安全保障上の懸念」を表明しており、それを覆すには相応の材料や論理が必要なこと、そして、(3)来年1月のトランプ新大統領就任前の慌ただしさ(どさくさ)に、はたしてCFIUSは審査を終結させることが可能なのか、という3点だ。 中でも、政権移行期の「権力の空白期間」に案件審査を進めようとすれば、「アンフェアだ」と感じる人は少なくないのではないか。 ■買収成功に懐疑的なマーケット USスチール買収に自信を見せる日本製鉄の説明とは裏腹に、市場では買収成功に懐疑的な見方が広がっているように思われる。 日本製鉄は昨年12月にUSスチール株を1株55ドル(時価39.33ドルに約40%のプレミアムを加えた価格)、総額約141億ドルで買収すると発表した。 そして、買収提案の発表直後に株価は急騰し、一時50.20ドルの高値を付けた。しかし、今年3月15日にバイデン大統領が買収への反対を表明したことをきっかけに株価は急落し、足元では買収提案前の株価水準となる40ドル近辺での推移となっている(図表2)。 通常、買収提案を受けた企業の株価は徐々に買収価格に向かって収斂していくのが普通だが、USスチール株に関する限り、現状ではそうした動きは見られない。市場は今回のディールの失敗を織り込みに行っているようにも見えるが、何が日本製鉄のUSスチール買収を妨げているのか。