なぜ新谷仁美はマラソン日本記録に12秒差と迫れたのか。レース直前までケンカ、最悪の雰囲気だった3人の選択<RS of the Year 2023>
無謀に聞こえる現実的な「日本記録の1分以上更新」
横田コーチの選手目線に立ったトレーニングで、唯一無二のマラソンチャレンジをやりきった新谷仁美。一連の過程はYouTubeで動画公開され、魅力あるコンテンツにコメント欄は「すごいドキュメンタリー。目が離せませんでした」「プロがどれだけ重圧がかかる環境で戦っているのか伝わってきました」など、後押しの声が届く。 年に数回の大きな大会でしか、メディアに取り上げられない陸上競技。挑戦の過程が見えづらい選手たちの活動において、発信の仕方もまた、前例を見ないケースだった。 それぞれの決断は、また次の選択につながる。 一連のチャレンジを終えて、新谷が語ったのは、自分で選択する重要性だった。 「日本のマラソン女子は、まるで一つの方法でしか結果が出ないかのように時代が流れてきた印象がある。それが私にとっては、理解できなくて。なぜ、人に合わせる練習メニューじゃなく、この練習じゃないとマラソンは走れないという認識になってしまったのか。それが違和感でしかなかった」 「今回それを横田コーチと話し合って払拭できた。かといって、私の練習方法が正しいとかではない。選手自身も言われたことだけをやるのではなく、自分に何が必要なのか、選ぶ力を身につけることが必要だなと思っています」 横田コーチは「もっと速いほうが現実的」と、ちょっと聞けば無謀な、しかしワクワクするような筋書きを真顔で話す。 「得られたのは、確かな手応えと、明確な課題。手応えでいえば、僕らの軸はスピードやリズムの追求で、それをトレーニングの中心に据えるべきだということ。距離のリスクを取りすぎる必要はないと確信に変わった。課題は、30㎞以降の落ち込みへの取り組みが必要ということ。そのコンセプトを大事に、ベルリンまでの過程を組み立てていきたい。 僕は今回の12秒差を詰めるというより、17分台とか、日本記録を1分以上更新するのが現実的だと考えています。今、新谷は4種目(5000m、10000m、ハーフマラソン、マラソン)での日本記録更新を目指していますけど、僕はそれをオリンピック出場やメダル獲得と同等、それ以上にタフなことだと思っている。それを一緒にやらせてもらえて、本当に感謝していますし、そこをつくれることは本当に楽しいです」 それぞれの選択が導き出す答えは、また9月のベルリンで確認できる。それまで、楽しみに待っていよう。 <了>
文=守本和宏