なぜ新谷仁美はマラソン日本記録に12秒差と迫れたのか。レース直前までケンカ、最悪の雰囲気だった3人の選択<RS of the Year 2023>
「たかが5秒ですけど…」速く走り過ぎてしまった反省
レース内容は、ほぼ狙い通りの展開になった。 「完璧に調子を合わせられた」という新田コーチが、設定タイム通りのペースで引っ張る。序盤から快調に飛ばす新谷。5㎞を16分25秒(1㎞3分17秒ペース)で走り、一時フィニッシュ予想タイムは、2時間18分台が表示された。 ただ、途中のペースが少し早くなってしまったのである。5km~15kmの間で5秒~10秒速くなり、そこで脚力を使ったことが終盤に響いたと、新谷は話す。「たかが5秒ですけど、その5秒を抑えるべきだなと、終わって感じました。それは新田さんのせいではなく、自分自身がコントロールしていれば良かった問題だと思っています」 新田コーチは、その後36kmまで新谷に並走。凸凹があるコースでサインを出したり、左右に動く新谷を感じてポジションも反応。新谷も新田コーチに全幅の信頼をおいて走った。 「スタート前に新田さんが声をかけてくれて、やっぱり新田さんのほうが大人だなって思いました。新田さんに全部任せようと思ったし、実際走っていても本当に心強かった。私は新田さんが抜けた後、1人で走らなきゃいけないところからが勝負。35㎞以降のコースがまたハードになるので、対応しなきゃと考えていました」 途中、Twitterのトレンドにペースメーカーの名前、「#新田さん」が入る陸上界の珍事も発生したこのレース。結果的に新谷は、ギリギリまで日本記録更新の可能性を感じさせたが、コースの難しさ、向かい風、周りに誰もいない状況など環境も重なり、日本記録にわずか12秒届かない記録でフィニッシュ。評価すべき好成績だが、新谷の挑戦は未達成に終わった。
わずか12秒…。それでも予想外だった立ち直りの早さ
ただ、予想外だったのは新谷の立ち直りの早さである。 3カ月全てをかけて、わずか12秒届かなかっただけ。普通なら、その悔しさから簡単に立ち直れるはずがない。しかし、今回の新谷は1時間で「次は9月のベルリンマラソンで記録を狙いたい」と頭を切り替えていた。 それは、課題が明確だったからこそ、だ。 「ゴール後は泣きながらですけど、ずっと私を肯定して支えてくれた、横田さんやスタッフにまずお礼を言いました。徐々に冷静になると、この練習が足らなかったとか、ペースをもう少し自分でコントロールすべきだったとか、それはべルリンまでにカバーできると思えた。だから、そこまで落ち込むことないと思って、切り替えられたんです」 東京マラソン直後、「マラソンはもう嫌です」と公言していた新谷。しかし、横田コーチ、新田コーチ、その他サポートメンバーとつくり上げた仮説と検証が、新谷を次へ進ませたのである。