『ガールズ&パンツァー』で話題となったクリスティー式はアメリカ軍の英雄・パットン将軍も大絶賛!! しかし制式採用の前に世界恐慌が立ち塞がる!
車上で「戦場の風」を感じたパットン
ヘルメットとゴーグルを身に付けたパットンが大声でドライバーに発進の指示を出す。すると彼を乗せたT1はエンジンの轟音を響かせながら猛烈な勢いで加速し、最高速度に達した状態で起伏をものともせずにフィールドを駆け抜けて行く。 「やはり端で見ているのと実際に試乗するのは違うな。コイツの走りっぷりと来たらまるでオフロード用のスポーツカーじゃないか! 重量はM1928に比べて1.4t増しの10tになったと聞いていたが、不整地の走行性能は充分すぎるほど速いし、乗り心地も悪くない!」 M1931の最高速度は装軌走行時で45km/h、舗装路の装輪走行時に70km/hとM1928に比べて6割程度に低下したが、それでも当時の平均的な戦車の倍以上のスピードであり、充分すぎるほどの速度性能であった。また、コイルバネを用いたクリスティー式サスペンションの恩恵もあって路面の凹凸を乗り越えたときの突き上げはパットンの予想よりもずっと少なかった。 「この戦車のスピードと機動力は大きな武器になる。T1が量産されれば戦車を中心とする機械化部隊が敵陣深く侵入し、短時間のうちに敵の弱点である戦略的要衝や補給拠点を撃滅する電撃戦が可能になる。そうなれば戦争の形態そのものが大きく変わるだろう。やはり、ワシの目に狂いはなかった。この戦車こそワシが長年欲していた理想の戦車だ!」 感極まったパットンは気がつくと自分に言い聞かせるように疾走する戦車の上でそう叫んでいた。根っからの軍人だったパットンにとっては、身体に受ける土埃混じりの走行風でさえなんとも心地良く感じられる。「これは戦の風だな」。そう呟いた彼はまんじりと目を閉じる。すると彼の脳裏に浮かんだのは小アジアの平原を敵軍に向けて疾走する古代ローマのヘタロイ(重装騎兵)の姿だった。一団の中にパットンもいた。傍らに目をやれば漆黒の馬・ブケファロスに騎乗し、指揮官先頭で軍を統率するアレキサンダー大王の姿が見える。そこで彼はこの光景が前世の自分が体験した記憶であることに気づくのであった。 アレクサンドロス3世 (紀元前356年7月20日生~紀元前323年6月10日没) 「アレキサンダー大王」として知られるアレクサンドロス3世は、20歳にしてマケドニア王位を継承し、イストロス川方面に遠征してトラキア人を征伐し、全ギリシアに手中に収めた。その後、東方(メソポタミアなどの中東方面)に進出し、戦いで勝利した地を併合し、強国アケメネス朝ペルシアを撃破して版図を広げた。しかし、際限のない彼の長征は軍の負担となり、兵士たちの懇願もあってインド遠征を区切りに帰国を決意。バビロンに戻ったところで病没した。 霊魂の存在と輪廻転生を信じていたパットンは、自身をカルタゴの猛将ハンニバル・バルカの生まれ変わりと公言しており、アレキサンダー大王と共にローマの軍団兵の一員として戦場を駆け巡ったとも、ナポレオンの参謀として幾多の作戦に従事したとも主張した。 ハンニバル・バルカ (紀元前247年生~紀元前183年頃没) 地中海貿易で栄えたフェニキア人の国家・カルタゴの名将。紀元前221年に軍司令官に就任したハンニバルは、イベリア半島戦線のエブロ川南方を制圧。紀元前218年にピレネー山脈を越えガリアに侵入、さらにアルプス山脈を越えてイタリア半島に進軍したことで第二次ポエニ戦争の開戦となった。その後は「トレビアの戦い」「トラシメヌス湖畔の戦い」と連勝し、戦史上の金字塔として名高い「カンネーの戦い」において包囲殲滅を成功させる。ところが、プブリウス・スキピオがローマ軍の指揮官に就任すると、戦争の主導権はローマに移る。ハンニバル軍がアプリア地方に封じ込められると、シチリア島を拠点に北アフリカのカルタゴ本土に直接攻撃を加えた。「ザマの戦い」でローマが勝利すると、多額の賠償金を支払い両国は停戦。戦後処理でも辣腕を振るって政治家としても能力を発揮するが、反ハンニバル派によるクーデターで失脚。シリアに逃れるものの、追手に迫られて最終的には自害した。 戦争を心から愛し、最後の戦場で最後の銃弾によって倒れることを理想の死としていた彼は、近代軍の士官としては珍しいロマンチストであった。ただし、単なる妄想癖の持ち主とも言い切れなかったようで、ときに心霊的な直感によって前世の記憶を思い出すかのように戦場となる地形を把握し、何ら前触れもないにも関わらず敵の攻勢を予測したという。それでいて戦車のような新兵器の重要性をいち早く見出すような先見性を持ち、大胆かつ緻密な作戦で勝利を確実なものとする合理性も身につけていた、こうした二律背反する個性を内に秘めた奇妙な軍人がジョージ・S・パットンという男であった。
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