家康が作った徳川幕府の「平和の仕掛け」は、なぜ崩壊したのか―磯田 道史『家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊』本村 凌二による書評
意外なことに、江戸の徳川政権はローマ帝国に似たところがある。パクス・ロマーナ(ローマの平和)になぞらえてパクス・トクガワーナとよばれることがある。そもそもカエサルらの強者にもまれてアウグストゥス帝が歴史の舞台に登場したように、信長、秀吉らの強者に鍛えられて家康が出てきた。 戦乱なき世を願って天下人になった家康は神君として「平和の仕掛け」を作った。しかし、時を経るにつれて、想定外の問題が出てきて、幕府を苦しめることになる。二六〇年以上もの長期政権だったにもかかわらず、なぜ徳川幕府は崩壊したのか、まさに「家康の誤算」になるのだ。 制度や政策の変更なら、二代将軍すら行っている。参勤交代の制度は、大名にとって負担であるから不満があった。一八五三年にペリーの黒船来航があり、幕府は開国の決断を迫られた。老中の阿部正弘は「人材登用」と「言路洞開(げんろとうかい)」を断行する。誰もが政治について意見を言っていいというのが、パンドラの箱を開けてしまったという。幕府は人材豊富であったにもかかわらず、もはや「神君の仕組み」の崩壊を止められなかったのだ。 [書き手] 本村 凌二 東京大学名誉教授。博士(文学)。1947年、熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2014年4月~2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。 専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』でサントリー学芸賞、『馬の世界史』でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。著作に『多神教と一神教』『愛欲のローマ史』『はじめて読む人のローマ史1200年』『ローマ帝国 人物列伝』『競馬の世界史』『教養としての「世界史」の読み方』『英語で読む高校世界史』『裕次郎』『教養としての「ローマ史」の読み方』など多数。 [書籍情報]『家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊』 著者:磯田 道史 / 出版社:PHP研究所 / 発売日:2023年10月27日 / ISBN:4569855415 毎日新聞 2024年1月6日掲載
本村 凌二
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