「弱い試験官と思われてしまうのは…」山川泰煕四段が編入試験にかけていた“覚悟”とは
〈「自分にもプラスになるものがあると…」西山朋佳女流三冠との“VS研究会”を木村一基九段と行方尚史九段が受けるまで〉 から続く 【画像】編入試験第2局、西山朋佳女流三冠の写真をすべて見る 編入試験第2局は、山川泰煕四段の完勝だった。西山朋佳女流三冠の投了と同時に、カメラマンと記者は一斉に対局室に向かった。普段であれば勝者に向けられるカメラの多くは、西山の姿をとらえていた。無数のシャッター音が響いた後、代表記者の質問が勝者に向けられる。 山川は一つ一つの言葉を慎重に、心を辿るように答えていた。質問が敗者へと移る。西山の声はいつになく細かった。体力的にも精神的にも疲れを感じさせた。
たった5局で判断されるのは酷なこと
森下卓九段は、編入試験の厳しさをこう表現する。 「西山さんと福間さんが、棋士になっても通用する地力があるのは言わずもがなです。藤井聡太七冠が負けることがあってもおかしくない。ただ、これまで頑張ってきたことが、たった5局で判断されるのは酷なことだと思わざるを得ないです。アベレージの力で判断されるならともかく、試験ではどうしても手が伸びなくなる。福間さんもそうでしたが、負けられないと思うと、どうしても……。落ちれば、またゼロから始めなければなりませんから」 感想戦が終わり、西山が席を立った。山川はまだ残っていたが、カメラマンと記者は配信のために一人、二人と退室していく。筆者以外の取材者が誰もいなくなっても、山川は姿勢を正して盤を見つめていた。瞑想するような静かな時間が流れた後、礼をしてゆっくりと立ち上がる。少し間を置いてから、その背中を追った。4階のエレベーター前に山川の姿が見えた。挨拶をした後、これから少し話を聞けないかと聞くと、彼は「大丈夫です」と受けてくれた。 近くの店に入り、彼にオーダーを聞くと飲み物だけでいいという。二人分のソフトドリンクと軽めの食事を頼んだ。初めて話す山川は、物腰の柔らかい礼儀正しい青年だった。
調子自体は悪くないと感じたので悲観はしていなかった
現在ではネット上に非公式ではあるが棋士の実力を示すレーティングが公開されており、リアルタイムでの強さが可視化されている。SNSには五番勝負を予想する様々な声が書き込まれていた。 「確かに思うように勝ててはいない部分はありますが、自分が負けている相手は、活躍して勢いのある方が多かった。内容を振り返ったときに、調子自体は悪くないと感じたので悲観はしていなかったです。ただ将棋ファンの方は成績だけを見られると思うので。勝っていないですからね、私は……。今回のように試験官をしても弱い相手と思われてしまうのは仕方ないです」