「弱い試験官と思われてしまうのは…」山川泰煕四段が編入試験にかけていた“覚悟”とは
「将棋世界」誌に載った永瀬の言葉を胸に刻み、対局に臨んだ
奨励会では20歳を過ぎると誕生日が来るのが怖くなるという。山川は、もし棋士になれなかったらと考えたことはあったのか? 「年齢制限ギリギリになっても不思議と将棋以外のことをしている自分の姿が、想像できなかった。何をやっていただろうと思うことはありますけど、他のことをしている自分は、あまり浮かんでこないです」 同世代が先を行く悔しさは感じていたのだろうか? 「彼らが本当に苦労して頑張っているのを見てきているので、悔しい気持ちがないわけではないのですけど、みんな報われて良かったなという気持ちが先行しちゃうんですよね」 編入試験直前に、「将棋世界」誌に載った永瀬の言葉を読んだ。 試験官の棋士には、本当に人生を懸けて戦ってほしい――。 それを胸に刻み、対局に臨んだ。当日の西山の体調は良くなかった。試験の延期も可能だったが、過密日程の中でスケジュールの調整が難しいと西山自身が判断したようだ。山川はいう。 「できれば万全の西山さんと、こうした状況下で戦ってみたかった。彼女が延期を望めば、それでも良かったのですが、今日、盤の前に座るという決断をした以上、その気持ちをリスペクトして、相手がどういう状況であっても、私は目の前の将棋に集中するだけだと思っていました」 当日はいつも通りの時間に家を出たという。対局場にギリギリで入ってきたのは、電車の遅れのためだった。ただ現場の空気に呑まれないように、遅めの方がいいのではと考えていた。もし普段通りに席に着いたならば、多くのカメラが向けられる中で、繊細な山川の感性は西山の勝利を望む声に包まれていたかもしれない。
現在の若手棋士たちの日常
気付くと店に入って1時間が過ぎていた。山川は疲れていたはずだが、質問に誠実に答えてくれていた。 「対局の後は、家に帰って必ずその日のうちに棋譜を振り返ります。それを終えた時点で、次の対局へと気持ちが切り替わる。明日も研究会です。月に15日から20日くらい入れていたのですけど、さすがに20日はなかなか回らない」 公式戦やイベントなど普及の仕事を入れれば、月のスケジュールはほとんど埋め尽くされるだろう。山川だけに限ったことではなく、これが現在の若手棋士たちの日常なのだ。 西山の編入試験成績は1勝1敗となった。上野裕寿四段との第3局は、11月8日に関西将棋会館で行われる。 写真=野澤亘伸
野澤 亘伸