社会保障改革 全世代型へ 負担の公平化が課題 翁百合 日本総合研究所理事長
2025年は団塊の世代が全員75歳に達する節目の年です。介護ニーズが急速に高まる後期高齢者が一気に増え、社会保障費の負担も一層重くなるとみられています。一方、少子化は歯止めが掛からず、現役世代の急減という新たな局面への対応も必要です。そうした中で、今後の社会保障改革にはどのような余地が残されているのでしょうか。政府の税制調査会会長も務める翁百合日本総合研究所理事長に伺うとともに、有識者に提言をいただきました。 ――安倍政権や菅政権では政府の全世代型社会保障検討会議にも構成員として参加されていました。日本の社会保障制度の現状をどうみていますか。 25年は人口の約2割が75歳以上になります。一方で15年に100万人だった出生数が24年に70万人になりました。少子化も急速に進んでおり、〝超少子高齢社会〟へと突入します。 少子化はいろいろな要素が絡み合っています。一つは若年層の賃金の問題です。 不本意な形で非正規社員になった場合、将来への不安もあり、結婚や出産に踏み切る余裕がない。児童手当は拡充されましたが、低所得であれば就労手当などのサポートがあってもよいと思います。 働き方改革も進めるべきでしょう。安心して働きながら子育てできる環境を事業者が整えることが非常に重要です。社会全体でこどもを育てる「共育て」へと経営者も意識を変えてほしい。すでに今の若者には夫が外で働いて妻が家庭を守るという意識は薄れていると思います。 希望すれば結婚でき、こどもも持てる環境づくりが大事です。岸田政権で少子化対策はかなり前進しましたが、引き続き粘り強く進める必要があります。 ――全世代型社会保障を進める中、社会保険料の負担の重さに注目が集まっています。社会保険料は税よりも上げやすいイメージがありますが。 税と社会保険はそれぞれ制度が異なるものです。しかし、国民負担という意味では密接に関係しており、きちんと役割を議論すべきだと思っています。 現状、若者の負担が重いのは主に社会保険料なんです。被用者であっても給与から15%ほど引かれると、年収が低ければ貯蓄する余裕がないですよね。 税や社会保険は中立公平で簡素な方がいい。日本は少子高齢化で負担が重くならざるを得ませんが、世代や世帯類型、所得の多寡によって負担率が公正か確認する必要があります。 ――政府の税制調査会の会長も務められています。与党が過半数割れしている状況をどうみていますか。 与党だけでは意思決定ができなくなり、決定プロセスが国民にも見える化された面はあります。デフレ経済が終わり、物価が上がる中、税制はどう対応していくべきか。年収の壁と就労調整などさまざまな論点が挙がりました。働き方に中立な制度に変えるのは大事だと思っています。 ――将来的には税財源として消費税の引き上げが選択肢の一つになりますか。 個人的には、まず格差是正に向けた議論が必要ではないかと思います。例えば、同じ年収200万円でも、保険料負担が軽い高齢者の方が、若者よりも可処分所得が大きく、資産額もかなり多い。生活実態を丁寧に見ながら、フェアな負担の在り方を考える必要があると思います。富裕層への応能負担の検討は必要でしょう。税と保険料などのデータを連携して可処分所得を捕捉するインフラ整備を急ぐべきです。 ――医療保険制度の持続可能性についてはどうお考えでしょうか。保険料だけでは賄えず、財源を補填しているのが現状です。 年金は04年から保険料を上げないための「マクロ経済スライド」を導入しましたが、医療保険にはありません。健康保険料の増加は、高齢化だけでなく、新薬など医療の高度化の影響も大きい。しかし、過剰診療や重複投薬などを防ぐ仕組みがあれば効率化はできます。 透析になる可能性がある患者に受診勧奨することで、医療費抑制につなげている自治体もある。薬局の店頭で手に入る湿布薬など、どこまで公的保険に含むかという議論もあってよいと思います。 今後はマイナンバーカードにさまざまな情報を連携することで、より効果的な医療になることを期待します。 ――介護分野の生産性向上についてはどうですか。同時に経営者にとっては職員の定着が最大の関心事です。 テクノロジーの導入が大きな切り札です。介護施設に見守りセンサーを導入することで、夜間巡回を減らすケースも出ています。人手不足に拍車が掛かる中、多くの介護施設がテクノロジーを導入するのが当たり前の時代になるでしょう。 制度については、介護施設が利用者の状態を良くすることへのインセンティブが小さい点に疑問があります。要介護度が上がれば報酬が高くなる状況は逆方向のインセンティブが働きがちです。利用者が生き生きと暮らせる方向へサポートする方が職員のやりがいにもつながります。 また、介護職員の待遇はもっと上げるべきだと思います。公的価格であるため対応に限界がある。政府は事業者が適切な賃金を職員に払える仕組みを考えねばなりません。 ――それこそ介護施設の質が問われますね。小紙では介護施設でのリハビリに関する長期連載をしてきました。 同じ意識です。デジタル化により全国レベルで介護サービスの質を可視化して、結果的に良い施設が皆に選ばれる仕組みになれば、だいぶ景色が違って見えると思います。 認知症の人が働く喫茶店などの取り組みが話題になりました。いつまでも社会とつながり、生きがいも持ち続けられる社会が理想です。 ――今年は次の時代を見据える結節点になりそうです。長年のデフレを経て、超高齢社会の次を考える時に来ている。未来を担う若者が希望の持てる社会にしなければなりません。 日本はこれから人手不足によって待遇が上がるので、よい機会にせねばと思います。賃金を上げなければ働く人は集まりませんから。株価もようやく30年ぶりに戻るなど潮目も変わってきていますが、バブルだと言う人はほとんどいません。 そうした中、公益を担う社会福祉法人には従業員が働きがいを持てる職場環境を提供しつつ、社会を支える重要な役割を果たしていただければと考えています。私も公正で活力ある社会の実現に向けて取り組みを進めたいと思っています。 おきな・ゆり 1984年に慶應義塾大大学院経営管理研究科修士課程修了後、日本銀行に勤務。92年に日本総合研究所へ移り、2018年から現職。現在、厚生労働省社会保障審議会や財務省財政制度等審議会の委員も務める。かつては規制改革会議や全世代型社会保障検討会議にも関わった。元内閣官房副長官で全国社会福祉協議会や恩賜財団済生会の会長を務めた翁久次郎氏は義父にあたる。