兄から性被害、感情消した日々 岡山の陽空さん 過去乗り越え前へ
少女時代、性被害を受け続けた。相手は3歳上の実兄。体を触られ、部屋や風呂をのぞかれた。家で暴れる兄におびえて暮らす日々。異常が日常となり、感情を消してやり過ごすしかなかった。そして高2の時、うつ病と診断された…。 【陽空さんの代表曲「祝福」の歌詞】 シンガー・ソングライター陽空(ひあき)希衣(けい)さん(52)=活動名、岡山市=の実体験だ。長年抱えてきた心の闇を拭い去った今、「スライバー(克服者)」を名乗り、歌と講演を通して生きづらさを抱える人たちを励ます活動に力を注いでいる。 「闇は光でしか消せない」―。自身が前を向くきっかけとなった言葉を胸に。
「始まりは小学校高学年の時。寝ていたら下半身の違和感に目を覚ました。兄が私の下着をずらし、見ていた」 陽空さんが実兄からの性被害を語り始めた。 触られる。抱きつかれる。2人の部屋を仕切る板壁にはいくつもののぞき穴が開けられ、入浴中も安心できなかった。 当時は両親と祖父、兄との5人暮らし。兄妹は母屋の2階、祖父は1階、両親は離れで寝ており、兄の行為は気付かれにくかったのだろう。共働きで忙しい両親との会話は少なく、母に話しても兄に軽く注意するだけ。自分の心だけが置き去りにされたような気持ちになり、「相談しても無駄」と諦めた。 兄は高校で不登校になり、家で暴れ始めた。イライラして、台所の食器や牛乳をぶちまける。「腹立った」と母親の車を蹴ってボコボコにしたこともある。怒号が響く家で、ビクビクして暮らしていた。
「心を殺した」という決定的な出来事は高2のある夜に起きた。陽空さんの部屋に入ろうとする兄を押し返すと、奇声を上げ、戸のすりガラスに裸の下半身を押し当ててきた。異様な光景にパニックになった陽空さんは不意に思いついた。 「感情をなくしてしまえばいい」 試すと本当にできた気がした。だが、繰り返すうちに楽しさやうれしさも分からなくなり、無気力になった。高校は休みがちになり、母には「あんたまで」と責められる。それがつらくてまた休む。負の連鎖だった。 その年、母に連れて行かれた病院でうつ病と診断された。家では異常が当たり前。耐えている感覚さえない。嫌なことを意図して感じなくするうちに、自分の気持ちが分からなくなった。楽しいのか、つらいのか。学校では周りに合わせて笑い、悲しそうなふりをした。 他者と接するのが怖く、顔色をうかがってばかり。街中ですれ違う人の表情でさえ気になった。人間関係はうまくいかず、処方薬を乱用し、酒で不安定な心をごまかすこともあった。 そんな高校時代を経て、県外の大学に進学。兄から離れても気持ちは上向かず、毎日が底のようだった。教員免許を取得したものの就職は失敗し、実家に帰るしかなかった。