妻のこと Vol.11 – 乾燥花妻 – 写真・文/上出遼平
職業柄、妻はしばしば花束をもらって帰宅します。 そう、再びドライフラワーの話です。パート2です。 連載「妻のこと」。 賞味期限切れのジャムやソースを一年は捨てさせてくれないタイプの妻ですから、花束は一刻も早くドライフラワーにする必要があります。その役割を担っているのはもちろん夫こと私です。またの名を花吊るしと申します。よろしくお願いいたします。 さて、事件が起こったのは妻の誕生日から数日経った頃でした。 編集作業で家に帰れずにいた私の元に、妻から「本日花持ち帰宅。要花吊るし」とのメッセージが入りました。私はすかさず「本日花吊るし外出中にて花吊るし不可花吊るし」と返しました花吊るし。 翌朝家に帰ると、天井に数多吊るされ退色したドライフラワーの中に、際立って鮮やかな色を保ったフレッシュな花が一束吊るされているのを見て、あぁ、今回は壁にガムテープで直接貼られたりしなかったのだな(※第10話「ガムテ妻」参照)と胸を撫で下ろしたのでした。 しかし、です。 それから二日、三日、一週間と経っても、その花だけは鮮やかさを保っているのです。逆さまなのに。 これまで数十の花束をドライにしてきた花吊るしである私にとって、それは驚くべきことでした。そして二週間が経とうとした頃、それでもなお鮮やかな赤や青の花を見るにつけ、「もしかして妻、プラスチックの造花を吊るしちゃってる?」などと全然ありそうなラインの恐怖がよぎり、吊るされた花に触れようとした時のことです。 ひっくり返され、上向きになった茎の切り口の上に、なにやら白いモニョモニョが乗っているのです。 「うわ!マジで何これ!何これマジで!」 と私は叫びました。 でっかいカビの塊みたいに見えたのです。 しかし、私はすぐに冷静さを取り戻します。そんじょそこらの三十路男よりは色々と経験してきているという自負があるのです。 私は再度その花に近づき、至近距離で凝視しました(触れることはできませんでした)。 するとどうやらそれは、濡れたティッシュの塊なのです。 私は混乱しました。 なぜ、腐敗するより先に、一刻も早く乾燥させるべく逆さまに吊るした花の茎に、濡れたティッシュが乗っかっているのか。 私はこの混乱を妻にぶつけました。 恐ろしいことが起こっているんだ、と伝えたのです。 すると妻はこともなげに言いました。 「枯れないように毎日置いてるんだ」 妻は、水分を早く蒸発させるために逆さまに吊るしている花に、水をやっていたのです。 なんとも複雑な状況です。アンビバレントが生じています。 そして私はいつものことながら、悲しいほどに、深く感心してしまったのです。 どうしてドライフラワーだからと言って、水をあげてはならないのか。 乾燥させるために吊るしているからと言って、乾燥させずにいるという選択肢もあるのではないか。 さらに言えば、水は「吸い上げる」ものだとばかり思っていた私に、「吸い下げる」という新たな概念さえ与えてくれているのです。 妻、いつもありがとう。感謝しています。 私の世界はこうしてまた広がりました。
プロフィール
上出遼平|1989年、東京都生まれ。テレビディレクター・プロデューサー。早稲田大学を卒業。2017年にスタートした『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズの企画、演出、撮影、編集など、番組制作の全過程を担う。
POPEYE Web