「認知症の人への丁寧な指示はときに逆効果になる」と理学療法士が断言するワケ。言いすぎない・伝えすぎない<省エネ介護>でスムーズに
厚生労働省によると、認知症の患者は2025年に約700万人まで達するとされています。一方で「認知症の症状は、お天気と同じで晴れたり曇ったり。思うようにいかない日があれば、心が通じ合う<晴れ>の瞬間もある。周囲はそんな<晴れ>を増やす方法を知っておくことが大切だ」と理学療法士の川畑智さんは語ります。その川畑さんいわく、認知症の人には「細かく指示をすること」が、足枷になってしまうことがあるそうで――。 【書影】認知症の人と”うまいこと生きる”!『ボケ、のち晴れ』 * * * * * * * ◆指示されると、できなくなってしまう? 認知症になると、普段は問題なくできている行動が、指示されたとたんにできなくなってしまうことがあります。 たとえば、別れるときに普通にバイバイと手を振り、お箸で上手にご飯を食べている人が、「さよならと言いながら、右手を前に出して左右に振ってください」「左手で茶碗を持って、右手でお箸を使ってご飯を食べてください」と言われたとたんにできなくなってしまいます。 これを「観念運動失行」といって、認知症の人には必ずあらわれる「失行」という症状のひとつです。 「観念」によって「運動」を「失行」する。 自分で自然にやっている場合にはできるものの、誰かの指示が入ると、たちまち体を動かすための運動計画がまとまらなくなり、体を動かすことが難しくなるという現象が起きてしまうのです。
◆指示をして動きにくくなるのなら、指示をしなければいい このことを知らないと、介護の場で、かなり大変なことになってしまいます。 「はい、じゃあトイレに行きますよ。まず手すりを持って、しっかり踏ん張って立ち上がりましょうね、頭を下げますよ、せーの」 観念運動失行が起きている人は、この指示でもうフリーズです。 よかれと思って、 「ほら、足を踏ん張って。太ももに力を入れなきゃ立てないでしょ?」 と言葉を重ねるほど、「どうしたもんかねぇ」と動きは止まってしまいます。 ただし、観念運動失行への対応は、決して難しくありません。 あれこれ指示をして動きにくくなるのなら、指示をしなければいいのです。 ご飯を食べるときは、「じゃあ食べましょう。右手でお箸を持って、左手でお茶碗ですよ」と指示をするのではなく、「いただきます!」と言い、食べる姿を見せるだけ。トイレに連れていきたければ、「こっちへ来てください」と手招きするだけで、自然と立ってついてきてくれます。 そうやって、動作のはじめの合図になるところだけを出してあげて、あとは自然と体が動くという状況をつくってあげましょう。