日本の同族企業が好業績である理由はエージェンシー理論で説明できる
■組織メカニズムの理解に、エージェンシー理論は欠かせない このように婿養子の仕組みは、外部から優れた経営者候補を採ることでエージェンシー理論の「いいとこ取り」となっており、それが業績の高さの背景なのではないか、と筆者は考えている。婿養子は前近代的な仕組みでもあるので、筆者はこれを推奨したいわけではない。ポイントは、エージェンシー理論を「思考の軸」とすれば、婿養子経営の強さに説明がつくということだ。 実際、婿養子経営者に限らず、いま日本で大胆な戦略変換を行って注目されている経営者には、同族企業の創業家出身者が意外なほど多い。星野リゾートの星野佳路氏、ユニ・チャームの高原豪久氏、ロート製薬の山田邦雄氏はその典型だ。婿養子ならアシックスの尾山基氏や、松井証券の松井道夫氏もそうだ。 日本では「同族」と聞くと、それだけでウェットな印象を持たれがちだ。しかし、冷静に統計分析を行えばむしろその業績は悪くなく、理論で切ればエージェンシー理論の主張と整合的なのだ。筆者は、人の倫理的・情緒的な視点を否定するものではない。しかし組織の問題を理解する上で、「人の合理性を前提にした組織メカニズムの考察」はやはり欠かせないのだ。エージェンシー理論ほど、それを知らしめてくれる経営理論もほかにない。 【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】 エージェンシー理論 批判の多い「同族経営」こそ企業を成長させる よいガバナンスには「お飾りではない」社外取締役が必須 ※1 同族企業研究を包括的にサーベイした近年の日本語論文には、入山章栄、山野井順一「世界の同族企業研究の潮流」(『組織科学』2014年)がある。 ※2 La Porta, R. et al., 1999. “Corporate Ownership Around the World,” Journal of Finance, Vol.54, pp.471-517. ※3 Anderson,R. C. & Reeb,D. M. 2003. “Founding-Family Ownership and Firm Performance: Evidence from the S&P 500,” Journal of Finance, Vol.58, pp.1301-1328. ※4 Essen, M. van. et al., 2015. “How does Family Control Influence Firm Strategy and Performance? A Meta-Analysis of US Publicly Listed Firms,” Corporate Governance: An International Review, Vol.23, pp.3-24. ※5 「創業家の関与は業績にマイナス」と主張する研究もある。例えば Villalonga, B. et al., 2006. “How Do Family Ownership, Control and Management Affect Firm Value?,” Journal of Financial Economics, Vol.80, pp.385-417. を参照。Gomez-Mejia,L. R. et al. 2011. “The Bind That Ties: Socioemotional Wealth Preservation in Family Firms,” Academy of Management Annals, Vol.5, pp.653-707. は過去の文献をサーベイした総括として「同族性が業績に与える影響について、研究者の間で決着はついていない」と述べている。 ※6 Mehrotra, V. et al., 2013. “Adoptive Expectations: Rising Sons in Japanese Family Firms,” Journal of Financial Economics, Vol.108, pp.840-854. ※7 Long-term Orientationという。例えばMiller, I. & Miller,D. 2006.“Why Do Some Family Businesses Out-compete? Governance, Long-term Orientations, and Sustainable Capability,” Entrepreneur-ship Theory and Practice, Vol.30, pp.731-746. を参照。
入山 章栄