なぜロシアはウクライナに侵攻したのか…戦争を正当化する「思想」の正体
なぜ戦争が起きるのか? 地理的条件は世界をどう動かしてきたのか? 「そもそも」「なぜ」から根本的に問いなおす地政学の入門書『戦争の地政学』が重版を重ね、5刷のロングセラーになっている。 【写真】日本人が知らない「プーチンのヤバすぎる…」 地政学の視点から「戦争の構造」を深く読み解いてわかることとは?
大陸系地政学の復活
「歴史の終わり」としての「自由民主主義の勝利」が語られていた1990年代から、アイデンティティをめぐる地域紛争の増加、宗教的事情を背景に持つテロ事件の頻発、保護貿易主義を掲げる政治運動の台頭などの事象もあった。 「文明の衝突」のイメージは、冷戦体制が終わって平和になるはずだったヨーロッパで、民族集団の間で始まったボスニア・ヘルツェゴビナにおける紛争などによって形づくられた。 ハンチントンが主にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を観察しながら「文明の衝突」を論じたとき意識していたのは、文明の境界線で発生しがちになると想定される紛争のことだったが、それはヨーロッパ大国間政治の生存圏/勢力圏/広域圏の残滓の要素も相当に持つものであった。 冷戦終焉後の時代におけるロシアの拡張主義政策に関して、ロシアのアレクサンドル・ドゥーギンが注目されるようになった。2022年のロシアのウクライナ侵攻後も、ドゥーギンによって代表される「ユーラシア主義」の思想の影響が取りざたされた。ドゥーギンは、過激なウクライナ併合主義者である。
ウクライナ併合を正当化する「ユーラシア主義」
ユーラシア主義の思想によれば、ユーラシア大陸の中央部に、共通の文化的紐帯を持つ共同体が存在する。ユーラシア大陸の中央に、ロシアを中心とする広域政治共同体が存在する。 この信念にしたがうと、中央アジア諸国やコーカサス地方の諸国のみならず、ウクライナのような東欧の旧ソ連圏の諸国は、ロシアを盟主とするユーラシア主義の運動に参加しなければならない。あるいは参加するのが本来の自然な姿だ、ということになる。 有名になったプーチンの2021年の「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」論文によれば、そもそもロシア人とウクライナ人は民族的一体性を持っており、つまりウクライナはロシアの一部であるべきだとされた。 翌年の軍事侵攻へとつながる2021年の重要論文は、汎スラブ主義と呼んでもいいし、ユーラシア主義と呼んでもいい、ロシア人を中核にした広域民族・文化集団がユーラシア大陸の中央部に存在する、という信念が、プーチンをはじめとするロシア人の思想の中に根深く存在していることを、あらためて示した。 プーチンあるいはドゥーギンは、いわばハウスホーファーがいう生存圏の存在を自明視し、普遍的な原則を課す国際秩序に挑戦する。 それぞれの生存圏の覇権国が、お互いの生存圏を認め合うことによって、国際社会の安定は図られる。そのため、冷戦の終焉とソ連の崩壊によって、ロシアの生存圏が減少してしまったのであれば、それを取り戻すことが正当である。もし欧米諸国をはじめとする世界の諸国が、ロシアの生存圏/勢力圏の回復を認めないのであれば、それは不当である。 プーチンをはじめとする数多くのロシア人たちは、このような世界観を大真面目に信じ込み、戦争を始めている。