パリは最もサステナブルな五輪を開催できるのか? 地球規模のスポーツイベントを再考する
低炭素の選手村計画。都市再生は促進されるのか?
オリンピック期間中は1万4,000人以上、パラリンピック開催中は8,000人以上の選手とその同伴者が生活することになる選手村。そんな選手村が2024年7月18日、セーヌサンドニ県にオープンした。 数十棟の木造アパートメントが建ち並び、旧映画スタジオである複合施設の一部は選手の食堂に変わっている。その隣にある改装された発電所は現在、ジムとして使用されているが、パリ大会終了後はフランス内務省2,500人のオフィススペースになる予定だ。低炭素であることを目指して用意された選手村の部屋は再利用可能な素材を用い、建設資材の75%はリサイクルしてできたもの(※4)。2020年東京大会で初めて導入されたリサイクル段ボール製のベッドも採用されている(※5)。 また、生物多様性の保護(屋根の上面は、昆虫や鳥に住む場所を与え、小動物の通り穴を設けた囲いを整備する等)や、地熱エネルギーと太陽光エネルギーでの電力供給などによって、サステナブルな都市計画の一環として設計された。「循環ビルディング」と呼ばれる実験的な建物では、浄化された雨水をトイレに使用し、尿と排泄物を分離して肥料に変える。 今回のパリ大会にはソーシャルビジネスや社会的企業の参画も目立つ。選手村の食事やランドリー、緑地整備などの運営では障害者の職業訓練を行う団体「APEI de la Boucle de la Seine」や、若者と地域の社会的統合を推進する「Harague協会」と連携しながら、雇用機会を提供している。 さらに選手村では、子どもを持つ選手たちが大会期間中でも親子で充実した時間を過ごせるよう、託児所が設置された。男女アスリート間で競技の場を公正にするために、子どもを持つアスリートが競技に集中できる環境づくりに取り組む。 【セーヌサンドニ県のジェントリフィケーションへの懸念】 こうした選手村の創設は18億5,000万ドルが費やされる大きな建設プロジェクトとなった。パリ大会の予算は約70億ユーロであり、大会への投資の80%がこのセーヌサンドニ県に集中している(※6)。パリ大会閉幕後には、選手村のアパートは公営住宅に改装され、3ヘクタールの自然公園設置なども予定されており、サステナブルな都市開発を進める計画だ。 一方で、今回選手村の場所となったこのセーヌサンドニ県は移民の割合が最も高く、フランスで最も失業率の高い県でもあるといわれており、急速なジェントリフィケーションが起こることも心配されている(※6)。選手村のアパートは今後、低所得者層や学生に賃貸されるとしているが、その割合は3分の1のみ。残りは1平方メートルあたり約7,500ユーロと、同地域の平均価格のほぼ2倍で販売されるとして、地元住民は手が届かない値段であると指摘されている(※7)。 【オリンピックを前にしたフランスのホームレスに対する「社会浄化」】 さらに、このセーヌサンドニ県を含むイル・ド・フランスでは、県と市がオリンピックの名の下に移民やホームレスの人々、性労働者が「一時受け入れエリア」に誘導されているという。こうした動きが街の美観を保ち、国際的な注目を集めるための「社会浄化」であると指摘するメディアの報道も目立つ。 そんな中、80以上の人権団体やコミュニティグループが結集し、こうした社会浄化を非難するために「Le Revers de la Medal(メダルの裏側)」という組織が設立された。同組織の報告書によれば、2021年から2022年にかけて、オリンピック会場や選手村のあるセーヌサンドニ県の近くにある不法占拠や貧民街、難民キャンプなどからの立ち退きが40%増加しているという。このうち未成年者は3,434人で昨年の2倍、2021~2022年と比較すると3倍ほど。また、2023年には、避難を必要とする人の3分の2が一時受け入れエリアに誘導されていると述べている(※10)。 パリにはホームレスの人々のための恒久的な避難所はないが、移民問題は選挙公約でも長年取り上げられてきた。こうした一時受け入れエリアへの誘導は本質的な解決策を提示することなく、ただ問題を見えなくしているだけであるとして、多くの市民団体から非難されている。