『ジョン・ウィック』に『オールド・ボーイ』『死亡遊戯』などなど!『スラムドッグ$ミリオネア』主演俳優が初監督作で見せるアクション映画へのリスペクト
デヴ・パテル主演のアクション映画『モンキーマン』が公開となった。スラム街でどん底の暮らしを送る青年の復讐を描いた本作は、パテルが長年温めてきたオリジナルストーリーを自ら監督した意欲作だ。少年時代からアクション映画に魅せられてきたというパテル渾身の本作の魅力を紹介したい。 【写真を見る】ほとばしる血と汗!デヴ・パテルが初監督作『モンキーマン』に込めたアクションがハンパない! ■『スラムドッグ$ミリオネア』や『LION/ライオン ~25年目のただいま~』など話題作に出演して来たデヴ・パテル スラム街にある賭博格闘技のリング。猿のマスクを被ったモンキーマンとしてヒール役を演じながら日銭を稼ぐキッド(パテル)は、ある高級レストランに皿洗いとして潜り込むことに成功する。彼の目的は、幼い頃に家族を奪い、自身に大やけどを負わせた悪徳警官ラナ(シカンダル・ケール)への復讐。ラナはレストラン経営者が密かに営む権力者や富裕層向けの高級売春クラブの常連客だったのだ。絶好のタイミングを見計らい、ついにキッドは店のトイレでラナを襲撃するが…。 インド生まれの両親を持つパテルは、オスカー8部門に輝いた『スラムドッグ$ミリオネア』(08)に主演し10代でブレイク。その後も『エアベンダー』(10)や『ホテル・ムンバイ』(18)など話題作に出演し、『LION/ライオン ~25年目のただいま~』(16)では英国アカデミー賞助演男優賞に輝いた。本作は、そんなパテルが8年にわたって企画を温めてきたオリジナルストーリー。主演のほか自ら製作・監督・脚本も務め、その出来栄えに感銘を受けたジョーダン・ピールによって世界規模での公開が実現した。 ■パテルのストイックさが垣間見えるキッドのキャラクター パテル演じるキッドはインドの底辺で生きる孤独な男。殺気立った観客の罵声が飛び交う地下格闘技場で、人気ファイターにボコボコにされる日々を送っている。無造作に伸びた髪と無精ひげ、無口で相手をじっと見据えた目だけがギラギラしたそのルックスはまるで劇画の主人公のよう。強さを求め成長した少年が、マスクマンとなって並みいる強者たちと戦う姿は日本のアニメ「タイガーマスク」とも重なってくる。ちなみに、モンキーマンはインドの叙事詩「ラーマヤーナ」で魔王に立ち向かう不死身の英雄ハヌマーンがモチーフ。 社会の底辺でもがくキッドを支えているのが復讐心。ラナに復讐するために彼が通う店で働き始めたキッドは策をめぐらせ、しだいに重要な仕事を任されていく。セリフは必要最低限にとどめ、フラッシュバックをはさみつつ映像だけでキッドの過去や目的を明かしていく語り口はお見事。これが初監督作とは思えないパテルの職人技に驚かされる。 ■キッドに立ちはだかる悪役も存在感抜群 宿敵ラナはかつて有力者の命を受けてキッドが暮らしていた村を焼き払い、肉体的、精神的にキッドに深い傷を負わせた冷血漢。自信あふれる面構え、太々しい態度などキッドとは正反対の存在で、圧倒的強さを含め文句なしのヒールである。権力側のラナに対し、底辺側でキッドと敵対するのが賭博格闘技のプロモーター、タイガーだ。会場ではリングアナとして観客を煽り、控室では難癖をつけてはギャラを削る搾取者で、キッドは力ではなく頭脳プレーで彼を出し抜いていく。 タイガーを演じているのは、異星からの難民を描いた『第9地区』(09)やAIが知性に目覚める『チャッピー』(15)など社会派SF映画でブレイクしたシャルト・コプリー。パテルの“相棒”役を演じた『チャッピー』に続き、本作が2度目の共演だ。コプリーはパテルが心酔する韓国映画『オールド・ボーイ』(04)のハリウッドリメイク版で物語のキーマンを演じており、そういう意味でも本作への出演は必然といえる。また回想シーンに登場するキッドの母を、『ホテル・ムンバイ』でパテル演じる青年の妻役だったアディティ・カルクンテが演じているのにも注目だ。 ■パテル自身が過激なアクションに挑戦! 本作一番の見どころはもちろんアクション。格闘戦をはじめ銃撃戦、カーチェイスなど多彩な見せ場が全編に詰め込まれている。狭いスラム街の建物を縦横無尽に駆け巡るキッドと警察隊のスリル満点の追走劇、オートリキシャがパトカーや白バイと狭い路地で繰り広げる体感的カースタント、狭いトイレやエレベーターで繰り広げる激闘など、凝ったカメラワークや編集を含めどれも見応え満点。 これら格闘シーンを含めた多くのアクションをパテル自らが熱演。俳優デビュー前にはテコンドーの選手として、国際大会3位に輝いた高い身体能力がいかんなく発揮されている。延々と闘い続ける長回しのバトルも多く、緊迫感にあふれて一瞬たりとも気が抜けない。アクションの撮影中、パテルは骨折を含め何度も負傷しながら演じたというが、それも納得の過激な立ち回りのオンパレードだ。 ■敬愛するブルース・リー作品からの影響 そんな本作についてパテルは、セリフでも言及する『ジョン・ウィック』(15)をはじめ、『ザ・レイド』(11)、『オールド・ボーイ』、『アジョシ』(10)や多くのインド映画からインスピレーションを受けたと語っており、ほかにも『マッハ!』(03)や『レスラー』(08)、『タクシードライバー』(76)などの映画のエッセンスが感じられる。 なかでもパテルが特に影響を受けたのが、少年時代に出会ったブルース・リーだ。たしかにレストラン上層階のVIPエリアに乗り込む山場で、フロアを移動しながら並みいる敵とバトルを繰り広げる様はリーの遺作『ブルース・リー 死亡遊戯』(78)と同じ。ラナとの雪辱戦は『燃えよドラゴン』(73)における鏡張りの部屋での死闘を思わせたし、ラナを操るラスボスと対峙するクライマックスにも同作に似た仕掛けがされていた。そもそも母親の復讐のため敵地に潜入する展開は、死んだ妹の敵討ちを描いた『燃えよドラゴン』や身内を殺した権力者に戦いを挑む『ドラゴン危機一発』(70)の踏襲。復讐に燃えるキッドだが、荒々しさを内に秘め求道者のようにたたずむ姿もリーが演じたキャラクターと重なる。先人たちの作品群を血や肉として消化し、イースターエッグなど「お遊び」抜きでオリジナル作品に仕立てたパテルの姿勢には清々しさを感じた。 容赦なきバイオレンスを満載した本作だが、観終えたあとに感じるのは心地よいカタルシス。底辺で生きる社会のアウトサイダーやマイノリティが底力を発揮する、負け犬の逆転劇に共感を覚える人も多いだろう。『ジョン・ウィック』のような洗練されたアクションとはまた違う、不器用な男のとびきり熱い生き様をスクリーンで味わってほしい。 文/神武団四郎