エビデンス未確立な治療法を議論しよう――わたしがGLP-1受容体作動薬のがん予防効果について話す理由
9月19日、米国でラスカー賞の選考結果が発表された。ノーベル賞の前哨戦とも言われる権威ある賞だ。 臨床医学部門で受賞したのは、肥満症治療薬GLP-1(グルカゴン様ペプチド―1)受容体作動薬の開発に従事した3人だ。米国のマサチューセッツ総合病院、ハーバード大学のジョエル・ハベナー教授、米国のロックフェラー大学のスベトラナ・モイソフ准教授、デンマークの製薬企業ノボノルディスク社のロッテ・ビエレ・クヌーセン氏である。 GLP-1とは、食事の際に小腸のL細胞(Large Granule細胞)から分泌されるホルモンで、血糖値の調整や食欲の抑制において、重要な役割を果たしている。ノボノルディスク社や米国のイーライリリー社などの製薬企業が製剤化し、世界中で販売されている。 GLP-1受容体作動薬は、糖尿病治療薬としての適応に加え、近年は肥満症の治療薬としても注目が集まっている。昨年3月、我が国でもノボノルディスク社が販売するセマグルチド(商品名ウゴービ)が承認された。週に一回皮下注射するだけで、約10%の減量が期待できる。
アルツハイマー病やHIV感染合併症にも研究が進む
GLP-1受容体作動薬の効能は、これだけではない。9月25日、英国の『ネイチャー』誌は「なぜ、肥満症治療薬は、多くの他の病気を治療できるのか」という論文を掲載した。この中で、脳卒中、心疾患、腎疾患、パーキンソン病などへの有効性が幾つかの研究で示され、近年はアルツハイマー病やHIV感染合併症に対しても研究が進んでいることが紹介されている。 GLP-1受容体作動薬は、「万能薬」のような様相を呈している。米国フロリダ州の脳神経外科医ブレット・オズボーン博士はFOXニュースの取材に答え、「GLP-1受容体作動薬は現代医学の『聖杯』で、抗生物質発見と同じようなインパクトを世界の健康に与えることが証明されるでしょう」とコメントしているくらいだ。 世界の医学研究をリードするのは米国だ。日本では想像できないくらい多くの人が、GLP-1受容体作動薬を使っている。今年5月、米国のカイザーファミリー財団が発表した米国成人1479人を対象とした調査によれば、12%が何らかのGLP-1受容体作動薬を使った経験があり、6%は現在も使用中だという。 日本では、GLP-1受容体作動薬というと、「いかがわしいダイエット薬」というイメージがあるが、米国の状況は全く違う。このあたり日本には伝わっていない。 米国で、GLP-1受容体作動薬が関心を集める理由は、心臓病や脳卒中を予防するからだけではない。このような疾患と比べて、十分に研究が進んでいるとは言い難いが、がんに対する予防効果への期待も大きい。