国立大、法人化で競争力低下…学術統治が節目を迎えている
学術のガバナンス(統治)が節目を迎えている。国立大学の法人化から20年がたち、各種調査が示す改革の成果は芳しくない。競争原理と政策誘導で大学の経営を導いてきたが、多様なステークホルダー(利害関係者)と重要業績評価指標(KPI)に囲まれて身動きが取れなくなりつつある。学長の強権化に伴う副作用を指摘する声も上がる。法改正で規模の大きな大学では法人運営を監督する運営方針会議が設置される。これに類する仕組みが日本学術会議にも適用されようとしている。大学と国立研究開発法人などの役割分担を再考する時期にきている。 【図解】大学のガバナンス構造の変化 「ほとんど効果がないか、あってもわずか。いくつかの政策は負の効果を及ぼしている」―。鈴鹿医療科学大学の豊田長康学長は指摘する。国立大法人化などの影響を分析した。対象とした政策は四つ。2004年までの国家公務員総定員法と大学院重点化、04年からの国立大法人化、新医師臨床研修制度の導入と、06年の薬学部6年制の導入の影響を、自然実験という観察研究手法で可視化した。 00年を基準とし、4政策の対象とならなかった医学部や薬学部のない私立総合大学15校と、政策対象となった国立大学を比較する。すると00年から21年にかけて非対象群は研究力が1・3倍に伸び、対象群は0・6―0・8倍と低迷した。体力のない地方大学から研究力低下が始まり、遅れて規模の大きな大学も低迷した。この間、日本の科学技術予算は増えている。00年度を基準に22年度の当初予算は1・3倍、補正予算を含む最終予算は2・2倍となった。 投資はすれども競争力が向上しない。この要因として教員の実質的な研究時間と研究者数が減っていることが挙げられる。4政策はいずれも研究時間や人数を減らした。これらの変化を乗り切るためガバナンスは強化された。学長の権限が強化され組織改革を進めている。ただ大学が自由に使える運営費交付金が減り続けたこともあり、改革の成果は思わしくない。財務省に「競争が足りていないのではないか」と問われる文部科学省は答えに窮している。法人化によるガバナンス構造の変化は競争力低下の一因となった。ガバナンスや競争原理の強化以外にも施策を用意する必要がある。 法人化以前、国立大は国の機関だった。国家の内部機関でありながら教育や研究に国家からの直接的な介入を受けない地位を憲法23条や教育公務員特例法で保障されてきた。04年の法人化で国立大学法人が設けられ、その下に各大学が設置された。設置者としての経費負担義務は法人が背負うことになった。 文科省は法人を監督するが、大学の教育研究活動に直接関与しているわけではないため、関与の間接性が成立した。あくまで予算を給付する立場であり、活動を禁止したり規制したりはしない。憲法学が専門の堀口悟郎岡山大学教授は「さまざまな条件の付いた競争的資金に応募する大学が増えても各大学法人が自己決定したことになる」と説明する。 法人化以前は教授会の自治が保障され、学校教育法には教授会が重要な事項を審議すると定められていた。これが法人化で学長の権限が強化され、14年の学校教育法改正で教授会は学長に意見を述べる組織となり弱体化した。堀口教授は「比較法的にみて極端なトップダウン構造となっている」と指摘する。 国が学長のリーダーシップを求めたのは組織改革が進まなかったためだ。ただ学長任期の長期化や強引な意思決定など副作用も浮かんでいる。10月に施行される国立大学法人法の一部改正では大規模大学の法人に運営方針会議を設置する。産業界などの多様なステークホルダーを入れて議論し、中期計画や予算を作る。社会の多様な声を運営に反映させる。同時に運営方針会議は学長へ改善措置を要求できる。独裁化などを防ぐ役割を担うことになる。 ただ現場からは懸念の声も上がる。産業界などの学外者と決定した中期計画を学長のトップダウンで執行される可能性もあるためだ。学外の目をトップダウンの上から入れず、ボトムアップに入れる方法はあった。例えばフランスでは人事選考で近しい教員を選ばないように、学外の専門家が半数以上を占める選考委員会で決める。学長などが独裁化しないよう大学内の権力を分立している。 翻って国際卓越研究大学の運営方針会議では、執行部や学内構成員のみでは決議できない仕組みを導入する。堀口教授は「大学のガバナンス強化を学外者の関与によって図ることは、大学の自治という憲法規範に適合的なのか慎重に検討すべき」と指摘する。