小売業界の新常識 利益を蝕むのは値引きではなかった。儲かる商売の原理原則と値引きで粗利が向上した事例
本記事は、在庫分析サービス「FULL KAITEN」を運営するフルカイテン株式会社プロダクトマーケティング部・部長の矢田陽平氏の寄稿です。 小売業界の新常識 利益を蝕むのは値引きではなかった。儲かる商売の原理原則と値引きで粗利が向上した事例 <目次> 小売ビジネス構造 商売の原理原則 施策ごとにどの勘定科目に影響があるのか把握する 自社の商品ライフサイクルの定義をする 高速PDCA 小売業界の新常識 値引きをして業績も改善した事例 重要な示唆と学び 良くない値引き、成果の出る値引きの違いを理解する プロパー消化率はあくまで「手段」 商売の原理原則を理解する 小売業は未曾有の円安による原価高騰、人口減少と高齢化の加速による市場縮小、SDGsなどの外圧による戦略軸の混乱など、とても難しい舵取りが求められています。 この厳しい経営環境を生き抜くために売上第一から粗利第一への経営変革が必須となりますが、従来「値引きは利益を蝕むもの」というのが、小売業界の常識でした。 しかし、とある小売企業様では、適切なタイミングで適切な値引きを実施したことで、粗利を伸ばしながら在庫消化を促進し業績の改善まで繋げることができました。 今回は、小売ビジネスの基本的な構造や、商売の原理原則、値引きで利益を向上させる新常識を解説します。 小売ビジネス構造 基本的な話ですが、小売ビジネスとは、仕入れた商品に利益を上乗せして販売し、仕入れたものをすべて売り切ることで成り立っています。売り切るためには必要に応じて値引きし在庫消化を進め、残ったものが粗利となります。 粗利は売上高から売上原価を引いたものであり、商品の売上高からその商品の売上原価を差引いた金額のことです。商品を販売し得られる直接的な利益を表しています。 バッグを5000円で仕入販売する場合を想定 たとえば、5000円で仕入れたバッグに値入をして販売すると、多くの場合、仕入れたものの一部は残在庫になります。そこで、値引きを実施し売切りを目指します。 実際に値引きをすると、賃料、人件費、物流費、販促費などの販管費や売上から生産・提供するために必要な原材料費、生産コストなどの直接的な費用である売上原価を差し引いたものが営業利益になります。営業利益は企業が商品を生産、提供する過程での利益を示し、その企業の運営効率や価格設定の正確性を反映するため重要な指標のひとつと言えます。 営業利益は企業の運営効率や価格設定の正確性を反映するため重要な指標に 次に、小売業の資産である在庫と粗利の関係性を考えます。売上拡大のために在庫の仕入れを強化した場合、計画どおりに売れなければ値引きが深まり粗利を棄損します。結果的に、在庫の仕入れが少ないケースと同等の粗利しか残らないケースも発生するため、値引きの意思決定は重要です。 在庫と粗利の関係性を示した図。 左が売上拡大のために在庫の仕入れを強化した場合。右は在庫の仕入れを少なくした場合 では、単純に仕入れの量を減らせば良いでしょうか? 答えは「NO」です。なぜなら商売は非常に複雑だからです。 在庫の拡大・縮小の意思決定は二項対立的に単純な良し悪しでは判断できないため、自社の事業フェーズや商売状況に応じた意思決定が必要です。 たとえば、在庫を多く仕入れると、欠品などの機会損失は減り売上のトップラインは引きあがるというメリットがあります。在庫を増やすことのデメリットは以下の通りです。 ▼在庫を増やすことのデメリット 余剰在庫のリスクが高まり、深い値引き率を設定することで粗利を毀損 在庫を消化させるための販促費がかかる 事業フェーズや商売状況に応じた意思決定について示した図 弊社は多くの小売業のお客様をご支援していますが、事業フェーズが安定期や衰退期に入り始めているにも関わらず、在庫拡大をすることで売上最大化を目的にしてしまっている企業様も一定いらっしゃるのではないかと感じています。あるべき事業フェーズの意思決定から相反するケースには課題感を感じております。 ここまでは小売企業側のお話でしたが、小売店に来店するお客様の購買心情を考えてみます。 お客様がお店に来店するのは「新しいものを求めているから」です。たとえば、本稿を読んでくださっているあなたが、お洋服を買いに行くとします。その際の来店動機は「○○に出かけるから」という具体的なものや、「特にこれと言って欲しいものはないけど、何か新しい商品を見てみよう」という動機もあるのではないでしょうか。 お客様の需要に対応するためには、お客様が欲しい時期に適切な商品が店頭に並んでいることが必須です。しかし、ビジネスが上手くいかず店頭が在庫で溢れたり、倉庫やバックヤードに売れ残った在庫が滞留したりすると新商品への投資も厳しくなるでしょう。 このことからも「今ある商品が売れ、新商品に投資できる」という循環が極めて大事です。上記を図式化したものが以下の通りです。 商品の好循環・悪循環 左の図は、商売の好循環を表しています。仕入れた在庫がきちんと売れると、その資金の一部で新商品を仕入れることができます。そうすることで、売り場の鮮度が上がり、さらに売れるという好循環が生まれます。 右の図は、商売の悪循環を表しています。仕入れた在庫が売れないと在庫が資産になり、手元のキャッシュがなくなってしまいます。そうすると新商品の仕入れができず、売り場の鮮度を保てず客足が遠のきます。最悪の場合、事業継続もままならない状態に陥ってしまうのです。 次章からは、小売ビジネスの構造を踏まえた商売の原理原則をお話しします。 商売の原理原則 商売の原理原則3つをご紹介します。 1. 施策ごとにどの勘定科目に影響があるのか把握する 在庫を効果的に利益に変えるためには、施策ごとにどの勘定科目に影響があるのか把握することが必要です。 今ある在庫を利益に変えるためのマーケティング活動として、SNS発信やマス広告などがあります。そのほかにも、VMD変更で売り場を変える、値引きする、売れる店舗に在庫を移動、欠品しそうな在庫を発注、接客などもあります。 その上で、ロジックツリー上でどの施策に寄与するか抑えることで商売の精度が上がります。 在庫を売上/利益に変える手段をまとめたロジックツリー 次は「施策」と記載した箇所が、勘定科目のどこに該当するのか見てみましょう。ここでのポイントは2つです。 1つめは、各施策をより細分化し、勘定科目に対してのGood/Badインパクトを可視化することです。たとえば、VMD変更(売り場変更)は4つの項目に分けており、店頭の売り場演出を変えることや、店内の商品配置を変えることは勘定科目への影響がそれぞれ異なります。 店頭売場のVMDを変更すると入店客数や買い上げ率、買い上げ点数にも寄与しますが、人件費がかかります。このように売上・粗利だけではなく、コスト面(販管費)への影響も考慮する必要があります。 勘定科目に対してのGood/Badインパクトを可視化した図 2つめは、Goodインパクトは最大化、Badインパクトは最小化することです。 何かひとつの意思決定をする際に、ネガティブインパクトまで考慮できていない企業が多い傾向があるため、ポジティブインパクトと同時に考慮が必須です。 2. 自社の商品ライフサイクルの定義をする 施策ごとのインパクトを可視化したら、施策を「いつ」実施するかのタイミングが極めて重要です。 ここで参考になるのが、新商品を売り始めてから売り切るまでの売上の波を5段階で定義する「商品ライフサイクル」という考え方です。 ▼商品ライフサイクルの考え方 シーズンイン:商品立ち上げ期間。売上は低い ピークイン:売上が大きく伸長し、売場拡大期間 ピーク:もっとも売上に貢献する期間 ピークアウト:売上が大きく下降し、売場縮小期間 シーズンアウト:商品売り切り期間。売上は低い 商品ライフサイクルを示した図 シーズンごとに実施すべき施策をまとめると、以下の通りです。 シーズンごとに実施すべき施策 商品ライフサイクルに応じて、優先すべき施策と施策の対象セグメントが変化することがわかります。 「①露出強化」ではマーケティング施策や売り場の一等地で商品を展開し、販促をしかけます。 露出強化が終わると商品の好不調の波が見えてくるため、計画に対して順調な商品は「②追加発注」や追加生産を検討します。 ピークインにさしかかると、計画に対して売れていない商品を安易に値引きするのではなく、まずは定価で売るためにできることをすべて実行します。ここで改めてVMD変更や店舗スタッフが接客を改善するなどして「③露出強化」に力を入れます。 この時点で、売れる店舗、売れない店舗などの特徴がわかるため、売れる店舗に「④在庫移動」をします。 さまざまなお客様のご支援をしていると、「①露出強化」から「④在庫移動」までを高速で実行し、①から④までをやり切ったうえで売れない商品は値引きの判断をする場合は、商売が上手くいっている場合が多い傾向にあります。 3. 高速PDCA 前段で、商売が上手くいっているお客様の特徴に「①露出強化から④在庫移動までを高速で実行」を挙げましたが、日々、売上・利益・在庫を見て各担当がPDCAを回すことが極めて重要です。 小売業の値引き業務を例に挙げると、効果検証の原理原則があります。 値引きなどの施策を実行する際は、ボトルネックを見つけるために大きい森の中(マクロ)から、業績に悪い影響を与える商品を特定します。その際、「トップス、ボトムス、インナーのどれが悪いのか?」と商品単位で見たり、どの店舗が不調なのか店軸で見たりする必要があります。つまり、マクロからミクロの分析をすることで業績に悪い影響を与えている商品がわかります。 施策実行と効果検証のフロー 実施した施策を振り返る効果検証では、業績に悪い影響を与えている商品達によって、大きい森(マクロ)数字も変化したかを見ます。大きな森を見たときに、がん細胞になっているものを改善したら、森の状態は良くなります。つまり、ミクロからマクロの分析をすることで業績への好インパクトがあったのかがわかります。 高速PDCAにより販売計画の修正力が向上すると、販売計画の質が向上します。販売計画の質が向上すると、売上粗利最大化と販管費最小化により利益最大化ができます。 しかしながら、ここまでお話ししたことを実行するには労力がかかります。簡単に実現できる魔法の杖はありません。日々の忙しさから効果検証に時間を割くことができなかったり、そもそも効果検証をしなかったりしても業務自体はまわる側面もあります。 次章では、自社の商品ライフサイクルを定義し高速PDCAを実践したことで、値引きをしても粗利が向上し業績へのインパクトもあった事例をご紹介します。 小売業界の新常識 値引きをして業績も改善した事例 アパレル業界の4大KPIは、プロパー消化率、オフ率、残品率、原価率と言われています。しかし、プロパー消化率に囚われすぎてしまうと、儲かるチャンスを失うことが数字から明らかになりました。 私がご支援しているお客様の中で、プロパー消化率向上はあくまで手段だとわかる革命的な事例があるのでご紹介します。 ▼お客様の特徴 アパレル小売業 弊社主催のセミナーをすべて閲覧しており、粗利を重視した経営の重要性、商売の原理原則、弊社製品への理解が深い 常識に囚われず、類まれな行動力と実行力がある ▼実際のお取り組み 弊社製品を用いて、2024年3月から5月に値引き施策を実施 2024年3月の時点で5月末までの販売予測を分析し、3月に先手を打って売上上位品も売価変更を実施 3月時点で売上上位品も含めた値引きと売価変更の判断をすることは、業界の常識から鑑みても革命的です。恐らく、超大手の小売業でも3月の時点で売価変更の判断をすることは不可能でしょう。このお客様が社内の別チームに同じ方法をレクチャーし値引き施策を実践したところ、別チームも粗利を創出し儲かりました。 ▼施策単位の成果 ● 在庫消化しながら、粗利金額が20%UP ▼業績へのインパクト ● 粗利額前年比約170%、粗利率前年+約5%、消化率前年+約2%、プロパー消化率-約2% ○ 値引きをしたためプロパー消化率は下がったものの、粗利は向上 重要な示唆と学び 最後に、本稿の内容をまとめ、儲かる小売業になるためのポイント3つをお話しします。 1. 良くない値引き、成果の出る値引きの違いを理解する 【良くない値引き】 一番避けたいのは、期末まで値引きの判断が遅れてしまうことです。 商品が売れる時期を逃した値引きでは消化促進が難しく、さらに深い値引きをする悪循環に陥ります。 【成果の出る値引き】 一度の値引きで最終消化できることがもっとも効率的かつ効果的です。最初の値引きを、「どのタイミング(実施時期)」で「いくらにするのか(価格設定)」が重要です。 値引きは後始末から前始末として実行するのが理想です。顧客需要に沿った価格設定ではない場合、早期に市場適正価格へ調整(値引き)することが重要です。適正価格になれば顧客も嬉しく、結果的に会社も儲かります。値引きは「在庫消化」だけでなく「粗利最大化」も可能なのです。 2. プロパー消化率はあくまで「手段」 本稿でもっとも重要な示唆は、プロパー消化率UP = 粗利UP = 営業利益UPとは限らないということです。プロパー消化率に囚われすぎてしまうと、儲かるチャンスを失うことは前章の事例で明らかになりました。 3. 商売の原理原則を理解する 前段でお話しした商売の原理原則を理解すると、期末に深い値引きをするのではなく、必要があれば早期に市場適正価格へ調整(値引き)するという意思決定ができるようになります。 ここまでお話ししたことは、皆様も頭では理解していらっしゃると思います。しかし、社内のさまざまな制約があり実行に移せないケースもあるでしょう。それでも、常識にとらわれず行動することでしか成果は生まれません。 人口減少、高齢化、物価高など需要がシュリンクする環境下では、本稿で紹介した早期の値引きで粗利を向上させた事例のように、今ある在庫からどのように粗利を生み出すのかが重要になるでしょう。 矢田 陽平(やた・ようへい) フルカイテン プロダクトマーケティング部・部長 2011年に株式会社ファーストリテイリングに入社。ジーユー日本事業で店長やSVを経験した後に、海外(中国/台湾)で営業/教育責任者として、全店舗の統括、採用/育成プログラムやインシーズンの商売立案を担当。その後、HR-Techスタートアップでカスタマーサクセスを経験しフルカイテンに入社。カスタマーサクセスチームのリーダーとして多くの顧客支援に従事し、現在はプロダクトマーケティング部部長として顧客要望に沿った新規サービス企画や市場拡大に取り組む。 図表:フルカイテン提供 写真:Getty Images提供
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