自転車で“ひょっこり”妨害運転、2度の実刑判決を受けながら、なぜまたやった?
「自転車で“ひょっこり”危険な運転 初公判で起訴内容を否認『妨害するつもりはなかった』」と7月22日、TBS NEWS DIGが報じた。法廷内の映像の、傍聴席最前列の右側に私がいる。千葉地裁・松戸支部の傍聴マニア、John Doe(https://x.com/ja1hss)氏からこの期日を教わり(ありがとうございます!)、私も傍聴したのだ。交通違反マニアでかつ裁判傍聴マニアとして、マニアックにレポートしよう。 法廷は、松戸支部でいちばん大きい101号法廷。傍聴席は84席。12席の報道記者席も含め、40席まで埋まったかどうか。私の“根城”である東京地裁と違って、一般傍聴人が決定的に少ない。東京地裁が異常なのだ。 開廷2分前、被告人が入廷した。手錠をかけられ、腰縄につながれて。「ひょっこり運転」のドライブレコーダー映像をニュースでさんざん見た、あの印象とはだいぶ違う。やや小柄で、髪を短めのポニーテールにして、結び目の先が金髪風だ。 水色系のシャツに、黒スーツ。上衣の丈が長く、ズボンの裾がだいぶ余っている。高さ15センチの厚底ブーツを履いてちょうど、そんな感じか。検察官(普通にマジメそうな若め男性)が起訴状を読み上げた。メモしきれなかった部分を「…」でつなぐ。 検察官 「被告人は、令和6年4月15日午後0時39分頃…自転車を運転…千葉県柏市…〇〇〇〇(女性名)56歳が運転する普通乗用車…その通行を妨害する目的で…約31キロの速度で対向進行してきた…(その車両の)…直前で右転把(てんぱ)し、対向車線にハミ出して運転…約19キロの速度で接近させ…回避措置を余儀なくさせ…罪名及び罰条…」 罪名は「道路交通法違反」。罰条を、私は気合いを入れてメモった。117の2の2、1-8、イ、チ、17-4、70。おおう、そうですか! いま道路交通法をちゃんと見ながら解説するとこうだ。 第17条第4項は、センターラインのある道路では車両は(自転車も)左側通行をせよ、という規定だ。第70条は、ハンドルやブレーキなどを確実に操作し、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転せよという規定だ。いずれも罰則は「3月以下の懲役または5万円以下の罰金」。軽微な違反とされ、クルマやバイクは数千円の反則金で済む。 ところが、である。それら軽微な違反を「他の車両等の通行を妨害する目的で」、「当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法」により行うと、反則金では済まない。なんと「3年以下の懲役または50万円以下の罰金」に処される。懲役は12倍、罰金は10倍だ。そこを定めているのが、第117条の2の2第1項第8号イ、チの規定なのである。第8号はイロハ順にイからヌまで10あり、本件はそのうちイとチってこと。マニアックですみません~。 とにかくね、普通は反則金で済む(自転車の場合は不起訴で終わるはず)軽微な違反も、妨害目的でやると、どーんと重いことになるんである。これは2020年6月30日にスタートした。当時、「あおり運転が厳罰化!」と大報道された。 裁判官が、黙秘権を告げてから「起訴状の内容に、どこか間違っているところはありますか?」と被告人に尋ねた。いわゆる「罪状認否」の場面だ。被告人の声はすごく小さかった。以下、聴き取れた部分のみ。 被告人 「えっと…その直前で右転把しって書いてある…」 裁判官 「そこが違うと?」 被告人 「あ、はい…えっと、急には、してないです…」 19キロも出してないとか、小さな声で途切れ途切れに答えた。そして…。 裁判官 「妨害目的、ここはどうですか?」 被告人 「………(しばし沈黙)………そこも、妨害するつもりはなかった……」 否認である。しかしのその否認は通らない。たとえば「殺すつもりはなかった」が本当だとしても、鋭利な刃物で身体の枢要部を深く複数回突き刺していれば、殺意は優に認定される。同じように、本当は妨害目的がなく、ただふざけただけだったとしても、客観的に妨害目的としか考えられない様子がドラレコにはっきり録画されていれば、妨害目的は優に認定される。裁判はそういうものなのである。 次に裁判官は、弁護人の意見を尋ねた。「被告人と同じです」かと思いきや、弁護人は「本日現在、(意見は)留保します」と応じた。あらかじめ打ち合わせていたことと、いま被告人が述べた内容が少し違うのかもね。 続いて検察官が冒頭陳述。声が小さくて早口でよく聴き取れない。そういう検察官はよくいるのだ。なんとかメモったところによれば…。 被告人には同種累犯前科が2犯あるという。2020年2月4日、さいたま地裁で「暴行、公務執行妨害、道路交通法違反、…(聴き取れず)」により懲役2年、執行猶予4年。メディア報道によると、この「道路交通法違反」も自転車による妨害運転らしい。 2犯目は2021年5月18日、裁判所は不明、「道路交通法違反」により懲役8月。これも同様に妨害運転らしい。執行猶予中に懲役の実刑判決を受ければ、前刑の執行猶予は取り消される。まずは懲役8月を、それから懲役2年を服役。その刑の終了が2023年10月18日かな、日にちがよく聴き取れなかった。困ったもんだ。 前刑の終了から5年たたずにまたやると、前刑のぶんは累犯前科とされる。累犯前科が2犯もあるわけで、今回はまず間違いなく懲役の実刑だろう。「妨害するつもりはなかった」は通らないこと、最初の裁判でわかったはず。なのにまたやって実刑。執行猶予を取り消されてダブルで服役。さらにまたやるって、普通じゃない。 被告人は被告人席(弁護人席の前のベンチ)に、両側を大柄な警察官に挟まれ、だらんと座っている。首をかしげ、ちょっと眉をしかめているように見える。その心のなかに、いったい何があるのだろう。やむにやまれぬ、何か大きな理由が? 証拠調べ(検察官が用意してきた証拠書類の要旨告知)まで進まなかった。次回は9月中旬の某日と決め、第1回公判はきっかり10分間で終わった。これから約1カ月半、被告人は身柄を拘束され続けるのか、あるいは保釈されるのか。追いかけて傍聴したい。 文=今井亮一 肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を好評発行中。
今井亮一 Ryoichi Imai