中谷美紀「ドイツ人の夫の言葉は心にグサグサ刺さるときもあるけど、公私ともども、夫の存在には助けられている」
◆夫には反対されたけれど この舞台に初めて立った当時は30代。今回は47歳ということで、正直な話、体力、気力、記憶力のすべてが衰えていると実感しました。 初めて演じたときは1ヵ月で覚えられたセリフが、今回は3ヵ月もかかってしまった。客席まで響く声を出すためには自分の体も整えねばなりません。公演中の疲労を解消するために宿泊先のホテルに酸素カプセルを備えていただいたり、喉の炎症を抑えたり、風邪をひいたときに欠かせない漢方薬も、あれこれとスーツケースに詰め込んでニューヨークに持ち込みました。 夫のティロにも「なぜ、そんな大変なことをするの?」と言われましたね。彼はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のヴィオラ奏者であると同時に、オーケストラのツアーマネージメントの仕事もしているので、私たちの公演概要を見ても、どれだけの規模で、どれくらいの予算がかかるのか、即座に計算できるんです。 単純に金額の話だけでなく、それに対して自分が捧げるものと得られるものの収支が合っていないということもすぐわかる。今回の場合、私は自分の肉体を捧げ、精神を捧げ、なおかつセリフを覚える時間も含めると貴重な人生の中の半年近くを『猟銃』という舞台に差し出すことになる。 しかも、公演が終わった後は抜け殻のように何もできなくなる状態が数ヵ月も続くので(笑)、「そこまでする価値があるのか? 無理してやらなくてもいいんじゃない?」と、何度も反対されました。 でもね、そう言われると余計にやりたくなるんです。(笑)コンフォートゾーンに甘んじることなく、今よりもっと高く、もっと早く、もっと遠くを目指したくなるのは人間の本能なのかも。あるいは、私がちょっと愚かなのかもしれません。(笑)
◆伴奏者としての夫の存在 そんな私のことが気になったのか、お稽古中に、夫がウィーンフィルのツアーでニューヨークを訪れた際に、稽古場の様子を見に来てくれました。当初は来ないでほしいと思っていたんです。だって、家族が稽古場にいたら、お芝居に集中できないじゃないですか。 とはいえ、私は日頃から彼のオーケストラのツアーに帯同したり、リハーサルを見学させてもらっているので、「僕が君の仕事場を見ることができないのはフェアじゃない」と言われ、「ドアの外から5分間だけ」という約束で『猟銃』の稽古場を訪れたんです。 それが、バリシニコフさんと握手したときに「全部見て行きなさい」と、グッと手を引っ張られて稽古場の中へ。結局、稽古場の片隅で最後まで見て行くことになったのですが、そのときに「ああ、夫は伴奏者なんだなぁ」と、あらためて実感しました。 というのも、ウィーン・フィルハーモニーは舞台上で演奏することもありますが、それ以外にも毎晩のようにウィーン国立歌劇場のオーケストラピットでオペラやバレエの伴奏者として、暗がりの中、息をひそめて演奏しているんです。 その経験が活かされて、私たちのリハーサル中も自分の存在を消してそこにいてくれたので、夫のことなどまるで気にすることなく役に集中して、涙を流しながら演技をすることができました。夫には、自分はあくまでオーケストラの一員であって主役ではないという意識があるようです。
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