矢野顕子×上原ひろみ対談 運命の出会いから20年、刺激を与え合う2人の進化を続ける関係性
『Step Into Paradise 』共演の裏側
ーアルバムに先立って配信された「変わるし」は矢野さんの曲です。大切な人は死んでしまうし、好きだった店はなくなってしまう。時の流れは止められない、という諸行無常な歌を、ノリのいいアレンジで勢いよく演奏されています。 上原:この曲は私がやりたいと思ったんです。矢野さんの『akiko』(2008年)というアルバムに入っている曲なのですが、このアルバムのバンドが大好きなんですよ。マーク・リボーが参加していたりするんですけど、オリジナルはブルースっぽい感じなんですよね。でも、オーチャードホールでTIN PANと共演した時は、もう少しライトな感じになっていたりして、一緒にやる人によって表情が変わる曲なんです。だから、私と一緒にやったらどんな感じになるのかな?と思って。特に曲のインタールードみたいなところ、ビッグバンドでいうソリセクションの部分を書いている時は楽しかったですね。 矢野:この曲は、いかようにもいじれるように書いたんですけど、ひろみちゃんが書いた楽譜を見た時に、これは一緒にやったら楽しいだろうな、と思いました。この曲を2台のピアノでやる、というのは、今回のコンサートの楽しみのひとつでしたね。 ー宇宙飛行士の野口聡一さんが書いた詩に矢野さんが曲をつけた「ドラゴンはのぼる」が、上原さんのオリジナル曲「ポラリス」に繋がっていくのもいいですね。地球を飛び立ったロケットが北極星(ポラリス)に向かって宇宙旅行しているようで、そこで駆け抜けていく上原さんのピアノが流れ星のようにも思えました。 上原:「ポラリス」を書いてバンド(Hiromi’s Sonicwonder)でやっているうちに、「この曲を絶対、矢野さんに歌ってほしい!」と思うようになりました。それで自分のライブで、ちょっと矢野さんっぽく歌ってみたりしていたんですよ(笑)。それである時、矢野さんをライブにお誘いして、「歌ってほしい曲があるから聴いてみてください!」って伝えました。矢野さんは、そのライブでこの曲を初めて聴かれて、「良い曲だね」って言ってくださったんですよね。それで今回、一緒にやりたいと思いました。それとは別に「『ドラゴンはのぼる』をやらない?」っていう矢野さんからの提案があって、この2曲を繋げば宇宙旅行みたいになるのでは?というアイデアが浮かんだんです。 矢野:確かニューヨークのライブだったんですよね。ひろみちゃんが「新曲をやるから歌詞をつけてほしい」って言うから心して曲を聴いているうちに、歌詞のアイデアが浮かびました。 ー今回、矢野さんは英語で歌われていますが、どんな内容の歌詞なのでしょうか。 矢野:「ポラリス」というのは北極星のことなのですが、きっと多くの人が北極星という名前を聞いたことがある。それくらい知られているのは、夜空を見上げた時にいつも北にあるからだと思うんですよ。星は時間や季節によって動くのに、北極星はいつも同じところにいる。だから、昔から人々は北極星を頼りにして旅をしてきたんです。特に大航海時代には、北極星のおかげで助かった人たちも多い。そんな風に、私たち人間が指標にしてきた北極星に対する敬意をもとに歌詞を書いてみました。私はひろみちゃんが作る曲がすごく好きなんです。やさしい曲ではありませんでしたが、私の技量でできる限りのことをして歌わせて頂きました。 上原:もう、感無量でしたね。「そう、これ!これ!」って。矢野さんは宇宙を題材にした曲をたくさん書かれているじゃないですか。私が想像していた以上に壮大な世界が広がっていて、宇宙と人間が混ざり合っていくみたいな歌詞で、さすが宇宙のプロだなあって思いました。 ー宇宙のプロ!(笑) 確かに宇宙飛行士と曲を書くアーティストなんてなかなかいませんよね。 上原:この曲を矢野さんと初めて一緒に演奏した時、矢野さんの歌を聴きながら「ポラリス」という単語がどこにでてくるのかワクワクしていたんですよ。今も一緒にやっていて「ポラリス~」って矢野さんの声が聞こえたら、もう嬉しくて。 ー北極星が見えた!って感じですね(笑)。 上原:そう(笑)。「ポラリス」は歌詞の中で唯一、私が選んだ言葉じゃないですか。矢野さんが歌詞を書いたから当たり前なんですけど、その言葉が絶妙なタイミングで、メロディの一番ピークのところで出てくるんですよ。それがすごく嬉しい。 ーという話を伺うと、改めて聴き直したくなりますね。上原さんの新曲「ペンデュラム」も演奏されていますが、これも矢野さんのことを意識して書かれたのでしょうか? 上原:この曲は違って、日本語の歌を書きたいと思って作った曲です。最初はインストゥルメンタルの曲として出来て、去年のライブで披露していました。その後に歌詞をつけて、それを今回、矢野さんに歌ってもらいました。私たちのライブでは、毎回、矢野さんがステージのセンターに立って歌って、私がピアノを弾くコーナーがあるのですが、そこで歌ってもらうのにちょうどいいかなと思ったんです。 矢野:いちばん最初にそのコーナーで歌ったのは、ひろみちゃんが書いた「Green Tea Farm」だよね。それまで私が自分のライブで歌っていて、やってみようかって。 ーマイクの前で歌うというのは、ピアノを弾きながら歌うのとは心持ちも違ってくるのでしょうか。 矢野:ちょっと違いますね。歌に対して責任が重くなるというか。でも、上原ひろみに伴奏をやってもらう、という贅沢を味わえるのがいいんですよ(笑)。「ペンデュラム」は今までのひろみちゃんの曲とはちょっと毛色が違っていて。「ペンデュラム (振り子)」という曲名のように、人の心の動きは一様じゃない、という歌詞の内容を、これからライブで歌い続けることでもっと自分なりに表現できたら良いなって思います。これから自分の中で練り上げていきたい曲ですね。