「いやだ!病院で手足が縛られるのはもういや!」…施設入居者の家族に問われる覚悟「病院で”治療”するか、施設で”尊厳”を守るか」
蘇る苦しい記憶
すると職員のあいだで、 「このまま行かせていいのか。娘さんたちは後悔しないだろうか。病院に行くのは千代子さんの希望だろうか……」 という声が上がり、担当の職員が妹さんに言いました。 「よろしいですか?今から病院に行くということは、前回と同じように救急外来に運ばれます。またたくさんの検査をされて、必要と判断されれば点滴も始まるし、手足も縛られますよ」 「いや!手足が縛られるのはもういや!」 「ですよね」 「でも、先生が紹介状を書いてくださってるし……」 「先生は、ご家族が病院に行くと言うから紹介状を書いてくれたんです。行きたくないと言えばすぐに取りやめてくれますよ」 「ええっ、先生が病院に送ると言っているのに、家族が送らないって言ってもいいんですか?それって処罰されませんか?」 「処罰?そんなことはあり得ません。そんな心配をするよりも、お母さんの意識レベルが落ちている今、娘さんこそがお母さんの意思をご本人に代わって医師に伝えるべきじゃないんですか。お姉さんとも相談して、もう一度よく考えてみてください」
冷静でいることの大切さ
妹さんはさっそくお姉さんに電話で状況を説明しました。すると、 「しっかりしなさい!このあいだふたりで話し合って決めたでしょ。病院には行かないって」 と妹さんのうろたえた声を聞いて、はっきり答えたそうです。お姉さんは意識レベルの落ちたお母さんの実際の姿を見ていないので、冷静でいられたんですね。 その言葉で改めて気持ちが決まったようで、妹さんは病院に行かない決断をし、そのことを医師に伝えました。それを聞いた医師は、 「そうですか。本当に決められたんですね。せっかく紹介状を書いたから、これは破らずにもっておきます。また行きたくなったら言ってくださいね」 と言いました。「いつでも気持ちは変わっていい」と家族に言ってくれたこの医師は、とてもいい先生です。 今にして思えば、先生にはこの家族がまだ揺れているという印象があったので、ひとまず病院に行くことを勧めてみて、家族の意思を確認したのかもしれません。そこで家族が改めて「行かない」という意思を固めたので、「今度は本物だ」と思ったのでしょう。
髙口 光子(理学療法士・介護支援専門員・介護福祉士・現:介護アドバイザー/「元気がでる介護研究所」代表)